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2017年10月28日土曜日

憧憬が新しい世界に導いてくれたの? あこがれの明清絵画~日本が愛した中国絵画の名品たち~ 静嘉堂美術館文庫 のブロガー内覧会に行ってきた!



久しぶりにブロガー向けの内覧会に行ってきました。
知り合いの美術ブロガーさん達にお会いできたけど夜の予定があるので、早めに失礼したし、行きは珍しくニコタマからバスに乗ったら遅刻してしまい、冒頭の面白そうだったお話はすっとんでいるし、解説も最後まで聴けなかったけど、もう今回は型破りな解説でびっくりしたので、投稿も型破り?でいきます。

尚、会場写真は主催者の許可を得ての撮影であり、通常会場での写真撮影は不可となっております。(不出来な写真なので、される方は居ないとは毎回思っておりますが、転載もおやめくださいね。)

型破りな解説って何?ですよね。ま、型破りってほどではないけれど、なかなか、ぶっ飛んでましたので、最初にツイッターで呟いたのは・・・

16:22 - 2017年10月28日
コバンザメ商法の下心があると認める館長の話が面白い ▶︎あこがれの #明清絵画〜日本が愛した #中国名画 いや、中国絵画の名品たち〜 #ブロガー内覧会 なう ▶︎辻先生が言ってるんだから若冲が明清絵画情景あるの間違いないらしい ▶︎初公開の虎図が元 #美術館に行った 
会場風景


何に乗っかったかというとチラシの上に踊る言葉「若冲、応挙、谷文晁も、みんな夢中になった」の「若冲」は昨今のブームに乗っかった事をあっさり認めた河野館長だったのです。若冲に関しては、「夢中になったかどうか」について核とした証拠となる作品はありませんが、若冲発掘?の大御所辻先生の著述の中にそれと読めるものがあるとか、有名な筋目描きのように輪郭線のない描き方の作品が 李日華さんの《牡丹図巻》にみうけられるとか(これは会場で東京大学東洋文化研究所・情報学環教授の板倉先生―後述がおっしゃっていたと思います)、まぁ「こじつけ」れば、色々言える要素はある。。という風に解釈するつもりでございます。

いきなり河野館長の止らない解説の感想をアップしておりますが、先輩だからやりにくい、と言いつつもこれを優しく諌めるが如くに解説を加える板倉先生との掛け合いは、この初日に訪れた方なら先着順で参加できるトークショーの一部です。列品解説でも11月11日と12月2日、7日、14日に河野館長のお話も聴けるようですから、参加できる方は是非聞かれるといいかと思います。
   11月11日(土)11:00~ ゲスト:塚本麿充氏(東京大学東洋文化研究所 准教授)
    12月2日(土)   11:00~ 河野元昭館長
    12月7日(木)・12月14日(木)何れも14:00~ 河野元昭館長
HPの情報 http://www.seikado.or.jp/exhibition/index.html
に触れたので、HPでの解説をまずは御紹介。

深遠な山水から愛らしい猫まで多様な様相をみせる中国・明清時代(1368~1912)の絵画は、江戸時代以降の日本でも多くの画家たちの憧れの的でした。静嘉堂の明清絵画コレクションは、質量ともに国内有数のコレクションとして知られていますが、本展ではその中から、日本の画家に多大な影響を与えた沈南蘋(しんなんぴん)の代表作をはじめ、日本が愛した中国絵画の名品を精選し展示いたします。
この他、HP上では今回の展覧会のみどころとして、
①12年ぶりに明清絵画の優品を一挙公開
李士達(りしたつ)・張瑞図(ちょうずいと)・王建章(おうけんしょう)といった名立たる画家たちによる山水画の名品や、日本の花鳥画に新風を巻き起こした沈南蘋(しんなんぴん)の代表作、また清朝の宮廷趣味がうかがえる華やかな草花の作品等、充実のコレクションをじっくりご堪能ください。
②日本の画家が描いた模本なども共に展示
室町~明治時代にあたる明清時代に描かれた作品は、各時代の日本の画家たちに大きな影響を与えました。本展では、画家たちが実際に見たことがわかる明清絵画と、それを模写した作品・感想などを述べた跋文、愛蔵の文房具等も共に御覧いただきます。彼らが楽しみながら享受していた明清絵画への想いを、実際の作品を通して感じていただきたいと思います。
③書跡の優品も特別公開
王鐸(おうたく)や張瑞図(ちょうずいと)といった、明末清初の個性的な書跡の優品も特別公開いたします。

なのですが・・・
恐らくは、連携企画として六本木一丁目の泉屋博古館分館で開催中の「典雅と奇想 明末清始の中国名画展」(11/3(金・祝)~12/3(日)
https://www.sen-oku.or.jp/tokyo/program/
とセットで観ると、より理解が深まるというのもお勧めポイントではないでしょうか。

さて、トークショーとその後にブロガー向けに坂倉先生自ら展示室を回って解説戴いた内容、そして、展示品に添えられた解説から私の感想まで、これから順不同で一気に参ります。

★江戸時代の日本から見た憧れの中国⇒日中の美意識の違い?⇒模写の問題?
    館長から今回の展覧会の中心軸にあるのは、明清のものをそのまま見せるではなく
    中国(舶来)に対する憧れを持っていた日本目線でみた明清絵画である事が披露
 され、日中の美意識の違いを見て下さいというようなお話があったけど、
 のっけから?
   そんな違いを垣間見る事になった気がします。
   坂倉先生が(模本は縮図という形で多くを描いていた狩野探幽が珍しく原寸大の
   模写を下という事からか)「原寸大」である事を強調していた狩野探幽が模写を
   した《山水図》を 描いた張翬(ちょうき)という人は有名な人ではなく、
    雪舟が留学していた頃に活躍していたみたいですが、実際に眺めると静かな風景
    だけど迫力があって、奥行 と筆の勢いを感じますね。
    これに対し、館長が「一生懸命夢中になって熱心に模写している」「フラットな
 感じ」と言われてましたが、やっぱり模写の限界なのかな、
    探幽の《張翬 山水図模本》は、筆の勢いがない(特に人物)と思うんですね。
    それがよりフラット感を高めている気がします。


★名幅中の名幅!
     今回の展覧会のポスターの中心人物、ならぬ猫がクローズアップされているのは
      沈南蘋(しんなんぴん)の《老圃秋容図》の事です。
     吉宗公が長崎奉行を通じ唐船主に中国画を取り寄せるように命じたものの実行
     されず、名画の写しの取り寄せを命じたものの入手困難という事で実現しない
     代わりに、沈南蘋が来日し滞在中に絵を描いたという話を聴くと、なんだ、
    名画以下のレベルの絵しか描けない人物のように 思うし、中国から見れば日本が
    低く見られていたんだろうな、 という切ない思いにもなってしまう訳ですが、
  絵を見ると、当時の中国の画壇の層の厚さと技量の程が窺えるという事なの
 かもしれないなぁという感想。     
     日本(長崎)に着いてから描いたという伝説のような話は、確証がないそうだけ
     ど、少なくとも来日直前か、直後かの作品だったようです。
     いずれにしても、この名幅或いは沈南蘋の齎した画風に対する熱狂が日本の花鳥画
 を深化させた事には間違いはないようで・・猫の毛描きが見事だという事ですが、
 それは 単眼鏡でじっくりご確認戴くとして、狙っているカミキリ虫?との距離感が
 良い感じ。
     猫が耳をピーンと立てて今にも飛びかかれるぞという体勢なのも緊張感が感じられ
    ていいですよね。


★ 猫の粉本あるよ!
     そしてこの同じ絵をほぼ粗、写し取った谷文晁派の江戸随一の画塾「写山楼」で
      使われた粉本が 最近見つかったそうで、真ん中のガラス ケースの中に(すごく紙
      が白い)鎮座ましましておりました。こちらも原寸大だそうですが、描きっぷりは
      地の色の違いもあってか、色はついているのに白描画とは言わぬまでも あっさり
      した印象。
      例えば朝顔の色は塗られていないし、ところどころ違う印象があるので、本当に
      模本なの?って思ったりもした訳ですけどね。
   (それとこちらの方が視点が近い処からだからなのかな?)

★ 画塾だけでなくて、谷文晁が手掛けた模本もあるよ!
     藍瑛《秋景山水図》と谷文晁《藍瑛筆 秋景山水図》
     模本ならば、全てが一致しているのかと思いきや、やはりそのままでは
     行かなかったのが谷文晁の真骨頂なんでしょうかね。
     画面下部の長さがないだけで、全体のバランスイメージが変わる事は勿論、
     点描のように描く山の表現も少しずつ違うということですけど、どっちが
     日本テイストかと言われてもわかんないよね、正直。
   (比較はHPの展示作品紹介頁に詳しいのでそちらをご覧ください←って
      うまく写真が撮れてなかった言い訳ですが。。)
      http://www.seikado.or.jp/exhibition/constitution.html
     
★下から眺めよう!
   金箋(きんせん)⇒金箔を貼った紙地、
    絖本(こうほん)⇒光沢のある絹地に描かれている
    という違いがあるにせよ、光った地に描くというのは、中国におけるジャポニズム
    という話が出て参りまして、、ほほー。となりました。
《米法山水図》王健章金箋墨画淡彩
《秋景山水図》絖本墨画
その金箋の上に描かれた  を見るときは是非下から 眺めて!という事で、確かに下から眺めると地が光っているのがわかります。
(このあたりは「写真」には 収めきれないところね)
でも隣の絖本の方は正直うっすら程度しか光ってる感しか感じられない ガラスケースの限界。  


     絖本ではないけれど、同じガラスケースには入っていても、目線の近い、#59 
     #60の 山水図扇面》はいずれも金箋墨画(淡彩か濃い目かの違いはあるけど)で、
     ひかひかした感じを楽しめますわ。
#60《山水図扇面》金箋墨画 明時代


★ 平民からのし上がったのに失脚した張端図(ちょうずいと)に
    興味もっちゃうよね?

   書く文字の独特なリズムとうねるような山水図、同じ人物の手になるものとは
   一見してわからないわー。というのが最初の印象。
   成りあがっていた時期は、当然のように時間がなくて、詞の部分は本人作では
   なくて、他人の五言律詩を書いていたという事だけど、「木の葉返し」と言われる
   ような筆の表と裏を使って器用に書かれた書は独特ではあっても、リズム感が
   あって美しい。
右が張端図《草書五言律詩》

   当然書家との認識のあった応挙は、文字の模写をしているそうで、脇にちょろっと
   張端図の絵も落書きのように描いているとか。


張端図 《秋景山水図》と柳沢淇園による跋文(これも絖本)

最初の印象は同じヒトの手になるものとは思えなかった筈の張端図の絵は失脚後に描いたという事なんだけど、段々みていくうちに、文字と同じで濃淡のリズムがあることに気づきました。
なーんだ、どんなステータスにあろうとも、その人の基本って 変わらないんだなぁ。。と妙な納得感がありました。

池大雅による跋文の解説はミニガイドブックに詳しく載っているので、是非お買い求めの上読んでみてくださいませ
★文房四宝蒐集も流行ったんですって
   中国への憧憬は絵や文字だけではなくて、それを生み出す筆・墨・硯・紙
   の蒐集という形でも表現できたようですが、私が気に入ったのは、江戸後期の
   文人画家 浦上春琴の愛蔵品の《双鵞硯》を含む文具一式とそれを入れる箱。
   箱の題字は幕末の志士・文人山中信夫翁、蓋裏は頼山陽の次男の鑑識、更に
   箱側面に可愛い鵞鳥図が描かれているけれど、これが富岡鉄斎というんだから
   贅を尽くしてるなぁ。というか、茶道具とかもそうですけれど、箱書きは勿論
   仕覆とかの生地まで何重にくるんで大切にする昔の日本人の美意識というのか
   その洒脱さというのか、それが凄く好きなんですよねぇ。。(クローズアップ
   した写真は撮れないので、是非会場でじっくりご覧ください。あとミニガイド
   ブックにも写真アップされているから、是非お買い求めください。←回しもの
   のように書いてますが、これほんとお得ですんで。)
右の軸の下にある文房具セットと富岡鉄斎の絵が施されている箱

★ 初公開の《虎図》は若冲に影響与えた?
《虎図》

龍は雲を呼び、虎は風を呼ぶということで、龍虎を描く作品は昔から多いわけなので、この特定の作品が本当に若冲に影響を与えたのかと言われると、いくら解説で毛描きが一定方向でない事が若冲の描き方に影響を与えたと言われても俄かに信じる事ができないのではありますが(すみませぬ)、まぁ、明らかに若冲が学習した元の作品は宋の時代のものだったので今回は展示できなかったという話は信じます。(笑)
 
《花鳥図》
★ 狩野派に影響を与えた《花鳥図》 
一方で、この解説があった日にはまだやっていた(すみません)サントリーの狩野元信の展覧会でも似たような作品があったよね、と解説を聴いて思い出したくらいで、構図とか、選ばれた花鳥のイメージ(あくまでもイメージですね、きっと個別に観ると全く違うかも)がいかにも狩野派的、いや、オリジナルはこちらの方なのでしょうが、に見えてくるから面白いです。
私の中の固定概念がカチコチなのかもしれないけれど。

この他流派の違いや、これまた冒頭に触れた李日華の《牡丹図巻》等の解説は楽しかったけれど、会場内の解説も丁寧なので、先ずは会場に行かれて、どんな絵に当時の日本人が憧れ、マネしようとしたかを見てみるといいと思います。






こがれの明清絵画~日本が愛した中国絵画の名品たち~
静嘉堂文庫美術館   http://www.seikado.or.jp/guide/index.html
会期:2017年10月28日(土)~12月17日(日) 休館日:月曜日
開館時間:午前10時~午後4時30分(入場は午後4時まで) 

2014年5月31日土曜日

【終了後感想文】 出光の日本絵画の魅惑に魅了されちゃうーーー前期、そして後期も見に行きました

トーハクで開催されていた「栄西と建仁寺展」のサイド情報として、宗達をお手本にした光琳版を元に描いたと言われる抱一の《風神雷神図屏風》が出品されている事を知っておられる方は多いと思いますが、まぁ、そのポップっちゅうか、雑っちゅうかの、抱一版風神雷神(過去エントリーご覧くださいhttp://pikarosewine.blogspot.jp/2006/09/2006917-40030015066.html)も真近で見られる楽しさは、ありますが、それだけじゃないんです!
今回の展覧会、2006年の出光美術館開館40周年以来8年ぶりに名品を一挙公開!と自ら宣伝されている通り、解説も充実していて楽しい愉しい。
今回は前期・後期殆どに近い位に入れ替え(一部巻替え)があるのに、前期に入ると、漏れなく五百円で後期に入れるチケット迄下さる大盤振る舞い、ありがたやー。
さて、章立てはい次の通り、随分と細かく分かれてましたが、そう分けたかったであろう、という意図に合った展示と解説、時々、それは、無理やりこじつけだろう、という事があるこちらの企画も、今回は、比較的すんなり入ってきます。
1  絵巻ーアニメ映画の源流
2  仏画ー畏れと救いのかたち
3  室町時代の水墨画ー禅の精神の表現が芸術へ
4  室町時代やまと絵屏風ー美麗なる屏風の世界
5  近世初期風俗画ー日常に潜む人生の機微を描く
6  寛文美人図と初期浮世絵ー洗練されゆく人間美
7  黄金期の浮世絵ー妖艶な人間美
8 文人画ー自娯という独特の美しさ
9 琳派ー色と形の極致
10  狩野派と長谷川等伯ー正当な美vs斬新な美
11 仙厓の画ー未完了の表現

では、第一章の、アニメ映画の源流からね。
さっき、比較的すんなり入ってきたと、書いておきながら、この「映画」っちゅうのは、前期展示の二巻の絵巻からは、少し言い過ぎかな?ま、日本の絵巻が中国を元にしていても、マンガやアニメにあるような時空の展開ストーリー的であるというのは、常に語られているので、アニメ映画でもいいのでしょうけど、たまたま動きの場面がないものだから、ついつい気になって。
それはともかく。最初に登場の《橘直幹(たちばななおもと)申文絵巻(もうしぶみえまき)》、文章博士の橘直幹が、民部大輔の職に空きが出来たことを知って、自ら作文した申文(申立書かしらね)を小野道風に清書させて朝廷に奉ったけど、その文章が天皇の機嫌を損ねて、失敗に終わったというストーリーが展開するらしいのです。
いつの世も、そういう強欲っちゅうか、自らを売り込む系の人はいるもんだな、それを諌めるお話なのね、だいたい、小野道風なんて、当代どころか、歴史に残る能筆を使って、印象良くしようなんてあざといよなぁーーな〜んて、余計な感想はさておき、解説にあるように、この展示でのみどころは、鎌倉時代のこの作品の時代から既に簡易レストランのような店が構えられていて、干物なんぞを調理して食べさせてるという事がわかるということです。ま、チョットその、レストラン的な表現が分かりにくいので、何度も見ちゃいましたが、つくづく思うのは、日本の絵画って、早くから宗教的な意味合いを脱した食べ物の絵が描かれているって事なんですよねー。安定した世の中になって庶民の文化が花開いた江戸時代はもちろんなんだけど、これは、鎌倉時代の絵巻ですからね、つくづく日本人のfoodiesぶりを感じさせられちゃうなぁ。
絵巻物とはいっても、ストーリー展開の文章を読み下すことができない現代人の私たちには、面白さも半分以下なんだろうと思わされるのが、後期に重要美術品として展示された《北野天満宮縁起絵巻》。そもそも信奉するでもない神社の由来を有難がって読もうという事自体、現代人の生活にはほとんどの場合、無関係ですものね。人の顔より大きいのではないか、と思われた有名な紅梅の鮮やかな色だけが、強い印象になりました。

さて、第二章の仏画、あんまり得意じゃないんだけど、特に曼荼羅、なんとか界とか、かんとか界が、頭に入らないからなんですけど、今回前期に展示されていた《当麻曼荼羅図》は、その曼荼羅を取り囲む映画のコマ送り(解説の表現)のようなストーリーと言うのかな?極楽浄土にどうしたら行けて、行けない場合は何故なのかを解説してあるという構成が面白かったですね。これは解説を読まないと、ちと、現代人には難しいだけに、解説有難うございます!っていう感じ?
重要美術品の《山越阿弥陀図》後光が八方に広がる阿弥陀さん、チョット怖い顔だけど、それだけに色といい、構図といい、印象に残ります。
後期も《十王地獄図》で、阿弥陀仏や、観音菩薩に手をひかれ地獄から出られる人についての解説があったけど、大きな画面の中には八つ裂きにされかかってる女性がいたりして、この絵を見させられた人々が、こんな目に逢いたくないよと、真面目に信仰するきっかけは十分に作っているな。つまり、タイトルの通り、畏れと救いのかたちを画面で見せ、ある種の威圧をしながら、仏法への道を拓く事が目的で、今の我々のように鑑賞の為に、単眼鏡まで使ってガラスの向こうから見るのとは話が違うというわけさね。
第三章、能阿弥という人は、http://ja.wikipedia.org/wiki/能阿弥にもあるとおり、足利幕府時代の茶人でもあるし、鑑定士、表具師でもあるという、マルチタレントなわけですが、この人がシゴトではない、しかも年号の残る人の出世祝で描いたという《四季花鳥図屏風》(前期)重文と言われずとも、じっくり見入りたくなる魅力があります。更に後期には、これも言われなくても、しかも小ぶりなのにグッと引き込まれたのが、《破墨山水図》。大胆なブラッシュストローク、というか、筆さばきは自然で美しい。これが雪舟の真骨頂。。。とまでは言わないまでも、「破墨」といわれる凹凸を表現する手法は、「設色」と共に、明で周文に学んだのだとか。。
このほか、その周文の水墨画の《待花軒図》には、8人の僧による賛がある詩画軸の典型ということでいくつかの賛の現代語訳が解説されてました。「花を待ちながら、雪の消え方が遅いのが恨めしい限り。風雨の時は花が落ちてしまい悲しみは深い、春が過ぎた後も春のやってくる前も我が老いを急き立てる」と、まぁ、およそ修行して、ある種の境地に達した人とはおもえぬほどの俗っぽい感想を述べた賛があるかとおもえば「小さな峰に緑の草は生えて春の気配が萌えた。数本の樹が雪のまだ消え残ったところに枯れたままでたっている。花を待つのは良い客を待ち受けるのと似ているようだ、地を掃き清め香もたいた。先ずは読書をしよう」という、解説では快活な、私には絵の醸し出している雰囲気を捉えたように思える賛もありと、ひとつの絵に対して色々な感想があるように、賛も様々なんだな、と自分で読めない残念さを感じましたけれども。
ところで、美術館で、解説が詳しく書かれていても、図録には同じように、解説されていないことも多々ある昨今、今回の図録はこれらの解説は全て網羅されてるみたいです。買ってもよかったんだけど、これ以上増やすことに警戒感がある私的には、こらえるべきところであります。

更に、次章の前期の目玉(ま、この章は二作品で成り立ってるんですがね),、美麗という表現に相応しい、ゴージャスな六曲一双の《日月四季花鳥図屏風》。解説によると、現存する屏風の中でも最も古い作品の一つに考えられている室町を代表するやまと絵屏風だそう。webの解説でも、この時代は水墨画が主流とされていたけれど、近年の調査研究の結果、対照的な装飾的芸術であるやまと絵屏風が相次いで確認されたんですって。
金銀でお日様やお月様を表現するのは珍しくはないとは思うけど、大きな真鍮の板に金箔を貼った上に金泥を塗った太陽や、画面に展開する砂子、野毛、切箔、微塵箔のような蒔絵のモチーフのような多彩な装飾、絵柄もちょっと光琳が描きそうな水流だったり、胡粉でアクセントのような線が引かれていたり、元の彩色は相当ギランギランかも。。。と思うほど。それに屏風の枠も螺鈿の入った漆かしらね。ゴージャスなのは、解説によれば、通常の六曲一双屏風より小ぶりで、何より軽いとか。何せ、ウチには蔵も屏風もないので重さの感覚はないけど、とにかく、その軽さから判断して、明朝の皇帝への進物であった可能性について触れてありました。


 
後期は同じ場所に重文の《四季花木図屏風》。左隻の上の方の松林に積もる雪の解説がなければ危うく見落とすところでした。それと右隻にも左隻にも探幽斎と大きく署名されているのだけど、土佐光信って解説にはあったような。。。あれれ?いずれにしても作品リストに名前がないと言う事は・・・後代の人が書き加えちゃったの?(図録買わなかったので、そこ不明。。。)
 
第五章 (近世初期風俗画―日常に潜む人生の機微を描く)の部屋に行くと一気に華やかな江戸の名所が楽しめる八曲一双の大振りの屏風《江戸名所図屏風》からスタートしたのが前期。安土桃山の頃の京の都を描いた様々な洛中洛外図屏風といい、江戸が政治の中心になって栄えてきた頃の屏風だけに、生活者目線というか、庶民の生活が活き活きと描かれている事と、現在の地名と照らし合わせて見る喜びがありますよね、我々現代人にとっては。だから、もっとじっくり見たかったなぁ。
引き替え、今回展示の江戸時代の《洛中洛外図屏風》にそれ程の魅力を感じなかったのは、やはり、江戸時代というクレジットを見ちゃったから、そう思い込んだだけなのか??
《世界地図・万国人物図屏風》も画面の真ん中を世界地図、周りを色々な国の人の姿を描いている六曲一双にしては巨大な印象を受ける屏風でした。面白いけど、よく見るとどこの人も国に寄らず、同じような風俗に見えたのは私だけでしょうか?
後期には、そのもっとイキイキとした桃山時代の《祇園祭礼図屏風》が。右隻は前祭の山鉾巡業――長刀鉾とか山なぞが通りを練っているのが描かれていますが、左隻の後祭に出てくるカラフルな風船状にみたいなのは何なのかなぁ。。トーハクの《洛中洛外図―舟木本》にも同じような風船状のものが出ているんだけど、他では見たことがなかったの。でもこの屏風はさすが、同じ桃山時代のものらしく、同じような風船のようなもの、大きな日の丸の扇、南蛮風の傘は綾傘鉾かしら・・・等が出てるんですよね。。。風船のようなものは何なのか・・・これは調べなくては!
《遊女歌舞伎図》は解説では平面に描いた良い絵のようだけどちと薄くはげはげになってしまって保存状態が宜しくなくて残念。一方、《桜下弾弦図屏風》は大変鮮やかな色合いが残っているし、桜の花もぽってり描かれている二曲一隻の屏風。遊女の華やかさをその色彩で表現している印象的な屏風でした。でも解説で書いてある恋愛観にはいまひとつは入れなかった。
三室目にはいると、第六章は「寛文美人図と初期浮世絵―洗練されゆく人間美」に。
そもそも全身を描くという事がこれまでなかった、という解説に些か驚きを感じたものの、考えてみるとそうなのかも・・・その上、右手で縦褄を取り、左手を伸ばすという姿勢を取ったものが「寛文美人図」と言われるスタイルなんだ、という事も新たなお勉強の成果です。なるほど。
前期で出ていた懐月堂安度を始めとした懐月堂系は大柄な身体を「く」の字(あるいは逆くの字)にそらせたポーズをとらせた「仕込絵」と言われるレディイメードの大量制作版画なので、あまり質はよくないとか。でもでっぷり、ぷっくりした姿は印象的。とはいえ、お隣にディスプレーされた浮世絵の始祖と言われる菱川師宣の繊細な吉原風景《遊里風俗図》に比べると雑かな。因みに師宣について房州保田の縫箔師の家に生まれ、「本人自ら「大和絵師」と称していた事、やまと絵の土佐派の町絵師の画様を貴重とし漢画系の諸派や中国版画挿絵本等を大いに学んだ結果「菱川様」と言われる新様式を工夫した」との解説がありましたね。ま、一般的には《見返り美人》@東京国立博物館の絵師と言った方がわかりやすいですよね。見返り美人は言ってみれば上半身は控えめだけど、膝は、くの字に曲げ、全体は緩やかな逆くの字スタイルですものね。その意味でも懐月堂の先輩ですね。
 
第七章は、ちょっと前から広がったスペースに展開。黄金期の浮世絵―妖艶な人間美です。
前期に展示されていた《桜下三美人図》勝川春章は、手前に居る黒っぽい着物の女性だけ後向きにさせる事によって画面奥に展開されている春色に満ちた風景に誘うという視覚効果もあって印象的。
春章は「春宵一刻値千金(花は盛りでおぼろな春の月夜が千金に値する程価値が高い)」をもじって「春章一幅値千金(春章の描くなまめかしい女性は千金に値する)」とまで言われる程人気が高かったとのパネルに、前期の時はむしろ品の良さを感じたのですが、後期に出ていた《柳下納涼美人図》は粋を感じさせる仕込みが見られ(スミマセン、ノートに何か詳しく描いたのに文字が汚すぎてわからん)、その真骨頂を感じたわけです。
《更衣美人図》さすがの歌麿、色っぽさが違いますね。帯を解いて肩からずり落ちそうな透かし綾の着物の衿を左手で抑える仕草が色気やたっぷり。後期の《立姿美人図》宮川長春の描いた女性がブロマイドの原節子に思えてしまったのは私だけでしょうかねぇ・。・・
 
 第八章は文人画ー自娯という独特の美しさ
なかなか難しいんですよねー、文人画が理解できる境地には至っておらず。。。
ただね、渡辺崋山の《猫図》はバッタを狙う猫の絵なのですが、空間の取り方が素晴らしく、張り詰めた殺気というか緊張感があります。
その後の崋山の運命とも重ね合わせると感慨深いですね。
 
谷文晁とか田能村竹田とかもっとじっくり見れば色々感想はあったかもしれないけれど・・・谷文晁のは小さな作品だったし、田能村の頼山陽の死をきっかけに描かれたという《梅花書屋図》の素晴らしさに対する理解度が低すぎて。。。
 
さっさと次行きましょう。
 
第九章 琳派ー色とかたちの極致です。
前期はこれに加え抱一の《風神雷神図屏風》。もうこれについては
この時の感想から脱出することができず。。。苦笑
と、其一の《桜・楓図屏風》です。
宗達を起点にした《風神雷神図屏風》もそうですけど、《八ッ橋図屏風》は光琳を起点にして、以降の絵師たちは皆この題材を写したうえで、どのように自分らしさを加えて行くか悩んだのだろうなー、と思います。風神雷神図は少々コミカルになっちゃったにせよ、八ッ橋の方は、カキツバタの数を光琳のものhttp://pikarosewine.blogspot.jp/2013/02/2012423100.html
よりぐっと減らして緑の葉を一枚一枚リズミカルに表現してより図案化を目指した抱一の努力が感じさせられます。
が、工夫という意味では《杜若図屏風》のアレンジの方がもっと好きかな。
 
其一の《桜・楓図屏風》。私は其一という人が時々わからなくなります。朝顔のような素晴らしい作品もある一方で、何故?と首をかしげたくなる作品も結構あるのよね。例えば《夏秋渓流図屏風》評価の高い作品だとは思いますが、あえていえば、毒々しく、画面が煩くて生理的にイヤ。。。
それに引き替え《桜・楓図屏風》は美術館で見た時は、比較的好印象な「抑えめ」な作品・・・と思っていたんです。。
左上の方を中心にした青い楓の太い幹、右隻の下の方を桜の花が埋めていて空間がたっぷり、色も二色のコントラスト。。でもね、後で、もう一度画像を見るとこれが不安定な視点なんだな。。画面真ん中(左上はもっと上)くらいから楓の根元が始まって上に向かって太く短い幹が見えているわけですよ。でそれより目線下に桜の花。俯瞰だと根元が見えるのが異な感じ、いや、右方向から斜め俯瞰なのか?でも正面から見るとなると楓はいいけど、桜の花の位置が変。。と色々悩んでしまいます。
でも、屏風として立体的に見ていた時はその辺りの違和感は全くと言っていいほどなかったわけです。
それが計算されたものだとすれば(色だけでなく形状としての対比を狙ったデザイン的障壁画?)とても面白いし、そうでなければ、オカシイし。。。
今後の宿題にしーよぉっ。
 
さて終盤です。第十章 狩野派と長谷川等伯―正統な美VS斬新な美
狩野派と等伯の闘いは巨大な組織に一人挑む絵師的な構図で小説等にもされていますが、狩野派と等伯に限らず、パトロンを得るが為とはいえ、洋の東西を問わず、そういったドロドロした面が美しい絵の裏にある事を知ってしまうと、どうも、こちらも見る目が曇ってしまうようでいけません。が、しかし、こちらの展示はそういった事とは関係なく、しかも狩野派といっても、闘いの象徴である永徳の作品ではなく、偉大な父の陰に隠れて下手呼ばわりされたり、長谷川派と融和を図った光信とか、その子の長信とかあまり日の目を見ない人たちの花鳥を中心とした屏風が中心でした。江戸狩野派(あー、これも感想かいてなーい。汗)のような優美さが先に立つような洗練された感じとは違って、でも力強さのある画面《西王母・東方朔図屏風》(光信)や《桜・桃・海棠図屏風》(長信)の八曲一隻らしい細長く広がる大画面に展開する花木の重厚ぶりは、やはり正統派狩野派の面目躍如といったところかなぁ。伝松栄という《花鳥図屏風》は好き。
対する長谷川派というより等伯。前期に展示されていた《松に鴉・柳に白鷺図屏風》http://www.idemitsu.co.jp/museum/collection/introduction/painting/ink/ink04.html
は、途中から等伯の署名が消されて、雪舟の偽物署名が書き加えられていたとか。確かに雪舟は等楊(とうよう)という一時違いの諱(いみな)があるし、等伯自身雪舟五代と称して自らを売り込んでいたわけで、本人のやったことなのか?と思いたくなってしまう。その偽物署名解説パネルに写真がついていて赤い四角でクローズアップされていたので、一生懸命探したけれど、良くわからなかったのよねぇ。。目悪すぎ。
後期に展示されていた同じ等伯の《波頭図屏風》。これは京都にある作品と略ほぼ同じ構図?金地に墨だけ?なのに、波濤の散る感じ、流れの速さを一瞬にして感じ取ることができる迫力のある画面ですね。《松林図》が幽玄な静寂を表しているのとは対照をなす荒くれる海のダイナミックさを余すところなく表現している様は、目の前に広がる日本海の冷たく荒ぶる海をずっと眺めて育った等伯その人そのもののような気にさせられますねぇ。。
でも、右隻と左隻の両側にある署名。自己顕示の強さを感じてちょっと萎えるなぁ。
終章である第十一章は、出光らしく仙厓―未完了の表現
仙厓さんの作品については去年の「日本の美・発見VIII 仙厓と禅の世界」の感想で詳しく書こうと思っていたんだけど・・・そのまんまだぁ。。。
ま、アップはしていないけれど、今回はパスしますかね。
 
そういう訳で、ボリュームも内容も素晴らしい出光らしい展覧会でした。感謝。
 
日本の美・発見IX日本絵画の魅惑
出光美術館(丸の内)
 
前期:2014年4月5日(土)~5月6日(火・休) 後期:2014年5月9日(金)~6月8日(日)
 
会期は終了しています。
 

 





2007年11月10日土曜日

【過去日記 2007/11/10】 桃山の華を求めて。。。。超特急 京都滞在4時間の記録

その1) 決心
否定をなさっておられていても、ワタクシからみれば 
せれぶぅぴかぴか(新しい)なマイミクMさんの日記を読んだ時から 
「行きたーーーーーーーーーい!!」という気持ちが 
日々育まれていた芽ワタクシです。。 

しかし、いくらなんでも、 
土日は混雑して危ないし、 
かといって、休み取り過ぎ傾向で、 
平日お泊り小旅行は無理。。 

そして。。そこに鞭打つ 

いくらなんでも、そりゃ、弾けすぎじゃない? 
という、マイミクOさんの 
忠告にも関わらず。。。。 

3週間ぶりにお会いするセンセイ(骨折をみてくれてた整形外科のね)が教えてくれる 
経過が、きっといいに違いない!と勝手に 
思い込み始めた火曜日にワタクシのココロは 
もう、新幹線旅立っていたんです。 

ハイ。 

10月16日から「たった」一ヶ月、 
し、か、も、 
京都で「しか」見られない 
特別展覧会『狩野永徳』に行くんだ! 

その暴挙を実現するためのワタクシの計画は。。。 


カンタンです。。 


いつもは半休とか、1時間遅れー、で出社するのを 
全休にすればいいだけじゃん。。 


って、あーた、トウキョウーキョウト、往復5時間だしぃ。。。 

しかも、最近オシゴトがチト忙しくなりつつあって、 
結構タイヘンなんですけどぉーー 

。。と諌める「善」のココロを振り切って、 
「欲」の世界にまっしぐらぁーーー。。。走る人 


前の晩も、イロイロと忙しく。。。。。 



(なのに、ミクったり、調べものして、「楽天ポイントゲッーーート!」して うひひ、明日はきっと良い日に違いない なーんて勝手に決めてたのは誰かなぁ???) 



でも、決めたんだもん。。(キッパリ)






そして、明けたその朝晴れ。。。 

朝9時の整形外科の予約なのに、、、、 


やばっつあせあせ(飛び散る汗) 
目が覚めたら8時40分!! 

どーしよーーー・・・・・げっそり 
これから先に立ち込める「暗雲」曇りの兆しなのか?? 


えー、そんな事言ってないで、 
とっとと、支度じゃぁーーー・・ 

(つづく) 

その2 「平常心」

始めよければ、オワリ良しと申します。。 
が。。始めがドタバタの場合。。。ふらふら 
やっぱ。その先もやばいっすかねー・・・・ 

等と思いつつ、大急ぎで支度をして、なんとか 
いつもより、混んでいたレントゲン室@病院に駆け込んだ私です。 


撮り終わって、整形外科に向うエスカレーター 
で、気づいたわけです。。 

あっつ、、保険証ID忘れた。。 

月が替わったばっかりだし。。 
あっつ、ついでに。。 
保険の請求用の診断書フォームも忘れたぁ・・・ 
しもたー。。。 


ココロの中に広がる暗雲。。。いや、もう降ってるかも霧。。。 
おまけに、今日はビョウインだからメールだけにしておくれ、 
っちゅーに電話phone toかけてくるアホもいるし。。 
留守電だって聞けませんってば。。。などとメールを打って、 
呼ばれるのを待っているうちに 

気づけば時計10時10分前。。。 
ツギの鍼診療の予約時間に迫ってるぅ。。。 

「レントゲンの結果が届いてないので、 
まだお呼びできないんです・・」 
でも、鍼灸科に電話つないでくれたら 
「11時までにいらしていただければ大丈夫です。。」 
そっかー、よかった。。。うまい! 

いや、待てよ。。 
そうなるってーと。。 
出発が遅れるぅーーーー・・・冷や汗 






でも、ここで焦っても仕方なしexclamation 

そう、この気持ちがやがて差す光明ぴかぴか(新しい)を引き寄せるのです。。 

センセイ「順調に快復してますねー、もう殆ど(*)OKだねー」 
私 「えっつ?」 
セ 「ほら、レントゲンでは、もう痕跡が殆どないよ」 

なるほど、3週間前は、線のようになっていた骨折の跡が 
2重に折れていた一番ひどい箇所を除いて、ミゴト消え去って 
おりました。。 

(*)ココ重要。。完治まで、あと少しです。。 


いや、カチコチ足はまだなんですけど。。。 

で、、実は「2週間くらい前から左の中指がしびれてまして。。。」 

じゃ、レントゲンをとろう、というセンセイを振り切って 
来週にしちゃいました。。 
だって、保険のフォームも忘れちゃったわけだし。。 
でへへ。。 

それから鍼やって、超特急でシナガワ駅へ。。。 

お弁当もゲットして。むふふ。。 
いざカマクラ! 

じゃなかった。。 

キョウトへGO!!新幹線 

(ツヅク・・・) 

その3) 「安心」
乗り込んだ新幹線新幹線は、さすが平日昼過ぎ。。 
ガラガラであります。。

笹の葉に包まれたお寿司を頬張りながら、
本日の行程を最終決定サーチ(調べる)致します。。

今から行くと、京都に着くのが2時半ちょい前。
皆さんのご期待とは裏腹に、
6時台には戻る計画です。。

つまり、4時間「も」あるわけで。。
永徳展の作品は70点少々、しかも、
この特別展覧会は18時まで、
寺社仏閣は大体16時まで。。。

。。。となれば、、寺社>博物館
あわよくば、祇園でお店をひやかして。。。
夢は広がる陽光に包まれた車内であります。。

。。。で、秋だし、時間を有効に。。
今日は東福寺の紅葉もみじ風景をチェックOKしに行こう!
に決定。。
でも、果たして紅葉はあるんかいの。。


駅を降りてびっくり。
暑い!あせあせ(飛び散る汗)京都。。。
そう、この日は東京も19度という予報ではありましたが
体感では24度くらいある感じ。。。
こりゃぁ、やっぱ、紅葉はムリかいの。。

ひょこひょこと、まだ少々カチコチの足をひきずりつつ
駅より100メートル。北門から入った先にはいくつかの
塔頭寺院がありまして、、ついつい、寄り道。。。


不動明王さんにお祈りして。。


お地蔵さんにもご挨拶。。。


。。で、漸く到着。。。


臥雲橋から通天橋を見上げる
超有名な景色ですが。。。





うーん、全て紅く燃え上がる盛りにはまだ早い。。。
って、もう11月なのにね。。。


それでも、やっぱり、こちらから見える通天橋を渡って
みたいと拝観料をお支払いし、中へ。。。
青々としたもみじの中にほんの少し色づいた木々を
見るのも、まあ乙とせな、あきまへんな。。





さて、あんまり長居しても、これからの行程に
支障がありますんで、特別公開中の国宝三門・法堂
を見学するのを諦めて。。。

駅に向おうと、ひょこひょこ歩いていたら。。
またぞろ塔頭寺院のひとつ、「雪舟寺」の看板に目が。。。




そういや、写真で見たことのある京都最古の枯山水庭園
は雪舟の作と言われているんだったっけ。。

折角だから、、やっぱお邪魔しまひょ。。


入り口を入ると拝観料300円を箱の中に入れてご自由に
と書いてあるんだけど。。。




ないっつ。冷や汗



270円しか。。。


で、お釣りが必要な人は左側のベルを押してくださいって
書いてあるんだけど。。




ない、見つからない!!!
置いてある人形がベルかと
ひとつひとつ押してみるが
ベルじゃないし。。。


どーする?

とりあえず、270円箱に入れて

こそこそ、と中に入る。。

誰もいない。。。
畳に座って庭園を眺めると
ホント落ち着く。。
結構せまーいお庭だから
逆にこじんまりとしていて
落ち着くんだが。。。

やっぱ、ベルのことが気になるワタクシ。。

もう一度入り口で、見回すと。。。

なーんだ、箱の脇じゃなくって、
三和土の方にあったよ。。




奥から出てこられたオバサマに
「おおきに」と言われてお釣りを戴いて
やっと、安心。。

今度は大手を振って
もう一度雪舟が築造したという
お庭《鶴亀の庭》を眺めたり 





美しい窓からの景色を眺めたり。。。



なんだろう、心が落ち着くよ。。
今回の目的を忘れそうになるほどだ。。。

おっと、いけねぇ。。
もう3時半、とっとと行かないと
本当に時間なくなっちゃう。。

(ツヅク。。。。。。。。。。。。)

その4) 「充足心」




京阪電車電車を一駅だけ乗って、七条で降りた出口で
品のよさそうなご婦人に博物館の方向を確認し
再びひょこひょこと歩き始めると、
すぐにタバコやさんの軒先で
「特別鑑賞前売り券」販売中とのポスターを発見。。目

うーん、ラッキー。。むかっ(怒り)

当日券を覚悟していただけに
200円オフは、今まで、きちんと拝観料やお賽銭を
置いてきたおかげだわ。。よしよし。。わーい(嬉しい顔)

。。と、るんるん気分のワタクシ。
正門前の看板の写真撮影をしていると。。。




先ほど道を確認させて戴いたご婦人が後ろから。。
「60分待ち腕時計のようですよ」
えーっつ。。ふらふら


写真なんか、撮ってるカメラ暇ないっしょ。。
ってか、夕方の方が空いているという情報も
織り込んで計画をたててきたのに
寄り道作戦は間違ってたか??

時は16時、これから一時間っていうことは
入れるの17時だから1時間弱しか時間ないよー。。

ついこの間の東博40分で閉館時間の記憶が甦る。。
京都まで2時間半かけてきて、京都国立でも1時間とは。。。

いや、待てよ、
入ってしまえば30分くらいは延長していられるよね。。
だって、後から後から、行列のとぐろは短くなる気配ないし。。

押せ、押せのスケジュールが気になるものの。。
致し方なし。。


聞けば、昼は150分待ちだったそうで。。
そうだとすると。。。
2時半に直接来てても、入る時間にそれほどの差があるわけでも
ないわけで、やっぱ寄り道作戦は功を奏したってわけよね。。。
と、あくまでも前向きに、前向きに。。。

。。。てなワケで、並んでいる間に
待ち日記送信UP右斜め上したり。。(
これから拝見させていただく
「洛中洛外図屏風」(上杉家本)の細かい描写の予習本をしたり。。

少し風が冷たくなって夕暮れを感じてきた16:40・・・




予想に反して、40分で入館できました。。よかったー。。。



もちろん、内容は素晴らしく。。。
短い時間を縫ってやって来た甲斐がありました。

「洛中洛外図屏風」の金箔の煌きといったら。。
永徳23歳の時に描かれたというこの作品に先行する
昨年新発見され、今回初公開の「洛外名所遊楽図屏風」の金泥
が、可哀想なくらい地味に見えてしまう程。。
時の将軍が上杉謙信に贈る目的で描かれたのに、
完成までに将軍は横死、代わりに信長が越後に届けたという逸話も
煌きに華やかさを添えている。。

にわか予習のおかげで、その2枚の屏風絵の登場人物や建物が
同じような描写のところだとか、
気に入った描写のところを中心に見ることが
できました。
40分待ちと、藝術新潮サマサマです。。
災い転じて福となる。。感謝だね。。

他にも予習の効果で、大徳寺蔵の織田信長像は
お隣に掛けられた総見院蔵の正装した信長像にひき比べると
信長の癲癇気質がよく現れていて、面白い。
ゴヤみたいだな。。キホンの絵は一緒なのに、
ほんの少しの線を書きくわえたり、細面にしただけで
性格を巧みに描き出すことができるなんて。。

後期は段々巨大になってきて、鬼気迫るといえば
鬼気迫るけれど、注文をさばかなくてはならない
という荒さがある。それに引き換え、
若い時の「花鳥図押絵貼屏風」の鮮やかで正確な筆致や
墨絵での襖絵「花鳥図襖」の鶴の絵なんて、同じ巨大な絵でも
印象深かったなぁ。。
あと、「雲龍図屏風」の繊細な線と
大胆な筆遣いのミックスが素晴らしかった!
まだ州信の壺印を使っていた若かりし時代。。
才能がほとばしり出ているよ。。

しかし、入場制限してるといっても、
「洛中洛外図屏風」前は、
冬の山の手線でスシ詰めで詰め込まれるような
押し合いへしあい、
いや、レントゲン撮影の結果を見ていなかったら
もう、絶対、あんな近くに「寄れなかった」ってか、
あの中に入らなかったな。。。

屏風の前だけでも東博のダヴィンチ「受胎告知」のときみたいに、
高低差つけたスロープにしてくれたら、皆も立ち止まらないで
少しずつ進めたのに。。前の人は進まないし、後ろから押されるし。。
将棋倒しにならないか、ホント恐ろしかったです。。。
絶対、車椅子車椅子じゃ行けないよ。。
車椅子押しの名人Cさんでもムリ!


結局、祇園は諦めたけれど
楽しく充実した4時間でしたー。。
京都駅はもうクリスマスだったーー・・・

《完》