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2017年7月8日土曜日

川端龍子が目指したことー山下裕二先生の講演会「川端龍子 ー超ド級の日本画ー」

山種美術館が主催する山下裕二先生の講演を聴いてきました。もちろん現在開催中の「川端龍子 ー超ド級の日本画ー」に関してのレクチャーです。山種からほど近い(といっても今回は随分奥の方のキャンパスでしたが)国学院大学のお教室を借りての大がかりなものです。聞き書きのメモなので、あまり良い説明ではないけれど備忘録的に。
本日は山種主催の山下先生講演会、いつもと違って大きな会場 #川端龍子 #没後50年記念 #山下裕二 #山種美術館 (國學院のキャンパスってこんなに綺麗になってたんだ!待ってる間にディスコの神様聴いてるような人は居ない 瀧汗)
画像に含まれている可能性があるもの:テキスト自動代替テキストはありません。画像に含まれている可能性があるもの:1人今回のタイトルがアルファベットな理由⇒ リュウコと思ってる人多く、男性だったんですねとの感想があるそうで。知名度低いのでこーいう風にした。

《草の実》素晴らしいので 会場で見てください。描いたきっかけ、金閣炎上は後期に展示するので もう一度観賞に来てください。お願い致します。
犬ちゃん、 クマさん 画室で絵の上歩いても怒らない位好き。
 小柄な人 。
明治18年から昭和41年81 歳 同時代の人の目安 横山大観は明治維新に生まれ、昭和33年(1958年)に亡くなっています。二人には当然 接点あり尊敬していたが途中で喧嘩したようで。
 《草の実》は龍子記念館から借りたということですが、この美術館、日本で初めて 自分の為に建てられた個人美術館だそうで、1963年に竣工、 鉄筋建物で遺族が近年大田区に寄贈。 不便な所だけど春に行くといい。車で行けるけど 入り口狭くバックで出ないとだめ。
会場で聴いてみたら行ったことある人が三分の一いて山下先生驚いてました。
(私ないわ。来年の春にでも行きますかね)
秋には没後50年ある。講演会もあるそうで。

ここからスライドに投影した若かりし日の絵の評価について解説
10代に描いた図画の作品は佳《正月之壱万歳》花籠の《四季之花》機関車は中 上の應擧、蘆雪の《狗子》に、そっくり。ところで蘆雪の評価昨今高くなった。
若冲、蕭白、蘆雪 秋にある~名古屋 10/6-11/19 愛知県立美術館 串本町のお寺の再現 
四条派的なのは知ってた。金魚はまずまず。上か?20代半ば洋画家目指した。
《風景(平等院)》荒々しい ゴッホと思しきタッチだが、日本に入ってくる前年白樺発行より前の年。どういうメディアを、通じてゴッホ等を知ったのか?という事は研究的に面白い。白樺は圧倒的影響力、一石を投じる、小さい《女神》は青木繁、《水中のわだつみのいろこの宮》パリに出張中に、あきらかに感化されたと思われる。
同じ展覧会に出品。アメリカに10代で留学しようとして、失敗2、0代行って成果なく、院展に移るが、油見たい。慈悲光礼賛 光の、表現 人と違うところやりたいが。下手。
試行錯誤。 数年後上達。
《土》《花と鉋屑》なんとか洋画的取り入れて空回りしてる。その様子面白い、 ツボにはまると面白い。
火生 不動明王 キリスト教的な感じ ばかばかしい。批判多かった 会場芸術 ではかければいいのか?逆手にとって解放する。印象派と同じ。角突之巻 絵巻 線描要素なく 南画的なものとのミックス
華曲 この、獅子なに?迫力ない 曾我蕭白に画題はある、院展辞めた後。確執あった。
昭和三年。生活も苦しく挿絵画家の仕事もしてた。
糧になったのは 日本少年の表紙 清方は両方やり続けた。 
商業美術の方が才能ある人いたと思う。
戦後は?そうだと思う。デザイン、グラフィックデザイン 横尾忠則 漫画 江戸時代は浮世絵を思い浮かべるでしょ?20世紀は漫画 そういう歴史 龍子がそこに身を置いてたのは、非常に重要 少女の友の付録 楕円形のマスの中に端正な花鳥風月の双六に 楕円形の中に配するのは迎賓館の中に七宝装飾並河さん渡辺そうせいというひととの関係?青龍展 自分の団体 独学、院展での評価脱退自分の団体 《鳴門》群青と胡粉大量に使って。青龍社の青 六斤3,6キロ使った。図録のレイアウト迄自分でやってた、若い時の出版社勤め経験役に立った。
春秋、青龍展続ける。昭和19/20年休まなかった。1日たりとも。社人、社友、社子バッチ
請雨曼荼羅 真珠~モデルなしで描いた。人体正しくない 画題は日本画にない。、ためらいなく突飛なことを書く。見る人驚かす 草の実 草炎 近美 上手い今度は出てない をもう一点なのは草の実描いた。紺地金字一切経の影響?
古い仏教美術から大画面を描く 持仏堂を、持ってたくらい仏教美術に傾倒 金泥とプラチナ 躊躇いのない線 草叢を、描くのは琳派の影響 抱一の秋草屏風の影響?《黒潮 )(鳴門》の続編?飛び魚 二曲一双は琳派的 画題は離れてるが。《月光》は線描主体で異色。《竜巻》で空から魚が降ってくる 天地逆転させたらしい 画室はデカイ
《羽衣》南洋ヤップ島に旅行 大海原と大陸への興味が深い 《鶴鼎図》普通っぽい四条派的 琳派的 花の袖 《五鱗 》應擧的なクオリティ高い 登龍門 鯉が龍になる雅号に結びつけ。香炉峰 戦争画 何ですか?これ?横7,2メートル フジタが有名だが 龍子は戦闘画面にしないで半透明の飛行機を描くことで中国の秀峰を描いてる。機会を使って雄大な風景を描いてる。超ド級の日本画になってる。
飛行士の格好の写真で自画像に、してる。
キャプションを毛筆で書く (完パケ好き)連作の第3作目 偵察機から俯瞰してみた。作者のウイットによるものであると自分で書いてる。
書体も面白い。味がある、名刺も毛筆で面白い。
《八ツ橋》一見して琳派、戦争に勝った暁にさて芸術が無くては寂しいでしょう。ソックリだけど、白のカキツバタ 入れる
光琳のウィットは八ツ橋描かない伊勢
抱一、出光の八ツ橋
《爆弾散華》終戦の日の三日前に爆弾が家に落ちて、野菜が飛び散った。金箔ランダムに貼っていた。供養 息子を、無くした鎮魂?龍子記念館の前の家が爆弾で吹っ飛んだと自分で解説。
百子図 時事的テーマ 戦争で猛獣居なくてインディラがきた。子供が喜んだと言う絵 挿絵画家体験がいい
金閣炎上 三島で有名だが 法隆寺の消失とともに損失戦後 墨一色
蘆雪 方広寺大仏殿炎上図 知って居たかどうか不明。通じ合う、墨と朱を混ぜたような感じ通底
夢 解りにくいが、直前に平泉金色堂の地下にミイラ開けられて学術調査が始められたので題材ときた。蛾が飛んでる 死と再生?テーマ?金箔をうまく使ってる。炎舞を想起させる 知って居たと思うが。仏教的死生観 喚起する御舟のイメージの反映あったか?正面向きなのも同じ。
花下独酌 カッパが1人で飲んでる。うらやましい限りと自分でかいてる。春草図雛屏風 娘の為にかいた。御舟に、似てる。俳句嗜む、川端茅舎は弟 光琳の影こそ何とャラ ホトトギスの表紙のデザインしてる
松竹梅 松 大観 竹玉堂と3人梅 尊敬はしていて和解 洋装 和服を着ない
十一面観世音 ベネツィアビエンナーレに出品
持仏堂の作品

みながみてこそ、芸術との考え

2013年3月17日日曜日

【終了後感想文】絵文字のルーツがわかっちゃったかも・・・・・特別展 琳派から日本画へ―和歌のこころ、絵のこころ 山種美術館



バタバタとしているうちに次の展覧会が始まってしまいましたが、前期・後期ともに伺いましたので、感想文をば。。。
(まっ、副タイトルの通り、時系列関係なくアップしようという試みですんで・・・と開き直ってみる。。。汗)
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琳派とタイトルにあるだけで、心躍り胸ふくらむ気持ちが昂じるのは何故なんでしょうねぇ。
擦り込み?
光悦―宗達、光琳―乾山という突然のように現れた豊かなデザイン性と装飾性に溢れた天才たちとその系譜が見られるとあれば、何度見た絵であろうと見に行きたくなるのです、むずむずと。。

前期のスタートは宗達―光悦コラボの≪鹿下絵新古今集和歌巻断簡≫からスタートします。
真ん中のちょっと斜めったようなポーズの鹿の周りに和歌の句が書かれていて、なんだか
パッと見はバランスどうよ、と思うのだけど、それでも・・・一度見るとそのイメージが脳裏に
こびりついて離れないんですよね。派手な色使いはなく、金銀泥と文字の墨の黒だけなのに。
まぁ、これが宗達-光悦コンビの底力という感じなのかなぁ。表装も美しく、この断簡部分をより際立たせていた。。。からなのかもしれませんが、後期に鹿が蓮になり歌が百人一首になっても、鹿のイメージのほうがより強い印象でした。
山種美術館FBサイトより(以下引用させていただいた写真は全て山種美術館のFBサイトから)


それに引き続き古今集(通切)、石山切(貫之集)和漢朗詠集(戊辰切)の軸が続きます、
字もきれいでないし、書道は苦手なので、文字の美しさは感覚でしかとらえられないのだけど、料紙については、随分昔にカラフルな型文様の雲母(きら)刷で切箔とか砂子が美しく撒かれた国宝《古今和歌集(元永本)》をトーハクで拝見して以来、料紙の美しい歌集や、その断簡等を見るのが楽しくて仕方がないのですよ。
元永本ほどの豪華さはないにせよ、今回拝見した石山切も切箔やちぎり箔で千鳥などの柄や、蓮の花、唐草、龍や麒麟?といったデザインが地紋としてきらめいているわけなんですが、更に藤原定信という人の美しい文字が流麗でうっとりしちゃいます。それなのに運筆が早く早書きだったとの解説(音声ガイドは後期のみ聞きました)を聞いて、昔の人は(この書画そのものは12世紀頃のもの)本当に書をよくしたのだなぁ。。と感心するばかり。
ちなみに右肩上がりのこの字形は「世尊寺流」という書き方なんだそうです。


きれいな字といえば、枕草子で中宮定子が絶賛したという藤原行成の手になるといわれる《伊予切(和漢朗詠集)》にも出会えました。二色の料紙の砂子地に書かれた文字は小野道風の書風との事で確かに美しかったー。

後期には異なる紙を継ぎ合わせた・・・ってどこをどう継ぎ合わせたのかすら素人の私にはわからなかったけれど、川の流れのような青い色やピンクっぽい色の帯が紙の右中央から左下のほうに斜めに、スタートは細く、左側に向かって太くなっているとても品の良い料紙に書かれた《石山切(伊勢集)》というのも展示されていましたが、今回の発見は、上のような金銀箔や砂子がきらめいていなくても(いや、それはもううっとりの美しさですけれど)こういった品のよい料紙も沢山あるということ。


前期には、大きさという面でも、色目という意味でも(たなびく青い雲のような文様なんぞ歌を邪魔しないか?と思ったりもしますが)かなーり大胆、でももしかすると、この大胆なデザインのおかげで連歌というイメージが非常によく伝わってくるのかもしれないとも感じさせられた里村紹巴《連歌懐紙(部分)》が展示されていました。宗達の鹿下絵断簡と同様に、一瞬バランスの悪さを感じてしまうのだけど、あとで振り返ると、イメージがしっかり残るという感じです。



後期の同じ場所には、更に大胆?というか、面白い展示がありました。これです。後陽成天皇による《和歌巻》。これ↓ですね


和歌の中にあった「桜
」と「時鳥」が絵文字になってるーー@@;。




後陽成天皇は16世紀秀吉の政権下朝廷の権威回復に努めた和漢学問に造詣深く好学で、日本初の木製活字による古典を出版した天皇という事ですけれど、今だったらLINEのスタンプをJKと交換しちゃう感じ?のお茶目な天皇ですねぇ。。でも、このほうがずっと粋、そして一筆で描かれた絵の美しさ。
金泥でたなびく雲のような下絵のある料紙に映える文字も近衛信尹に学んだ流麗な筆致。

このお茶目な(・・・って勝手に言ってますが。。)天皇がこうやって書を残してくれたおかげで、500年近く前に絵文字のルーツがあった、ということがわかる訳ですね。根付がケータイのストラップに代わって今に生きているように、日本の文化は姿を変えながらも脈々と伝わっていくんですねぇ。なんだか嬉しくなってしまいました。

粋といえば、本阿弥光悦の《摺下絵古今集和歌巻》も遊び心満載です。
巻物を巻いた状態では裏面の松が見え、巻子を開くと竹(孟宗竹のような太い竹)、梅、芍薬、蝶、ぬひ、芝、蔦、竹、藤と下絵の絵柄が続くそうなんですが、前期は最初に開いたところに見える竹の部分と紙背に摺りだされた松葉が見えるように展示されていて、なるほど「松竹梅」とめでたさを演出しているんだわー、と思わす微笑んでしまいました。
このデザイン豊かな画面構成、モチーフをリズミカルに繰り返すスタイルは琳派の代名詞的な構図法として継承されていったということですが、こうやって見ていくと、光悦という人なしには宗達もあれほどまでに輝かなかったのではないかと思ってしまうんですよねぇ。そして宗達が輝かなければ雁がねやの兄弟(光琳・乾山)も・・・と思うと光悦の存在の大きさを感じます。

さて、宗達の国宝の屏風といえば、建仁寺の《風神・雷神図屏風》がまず頭に上りますが、静嘉堂にある《源氏物語図 関屋・澪標》も国宝なんですよねー。その同じタイトルの屏風、しかもですよ、色合いと山の表現に若干の違いがあるだけ、という個人所蔵の稀品なんだそうです。

その違いも含め、いつかどこかで(静嘉堂カシラ?)横に並べて比較展示して欲しいにゃー。図録だけではわかりませんものね。

さて、すでに長々と感想を書いている「第一章 歌をかざる、絵をかざるー平安の料紙装飾から琳派へ」の展示は、感想を書ききれていない作品も含め、個人的にはもう(うっとりー)の世界に入り込んでしまう訳であります。

残念ながら・・・・「第二章 歌のこころ、絵のこころー近代日本画の中の琳派と古典」に進んでいくと・・・ぐっと、冷めた目で見ちゃうんですよねー。ゴメンナサイ。
この違いは何なのだろう。。。

さはさりながら、印象に残った作品は、というと
横山大観《竹》・・・裏箔の美しい絹地の網目から透ける金色が竹の間から仄かに光を放っていて、自然光の下で見たらどんな変化を見ることができるのかしら?とワクワクしてしまうような美しさですねぇ。解説によれば岡倉天心が推進した古典模写事業に従事した集大成ということなんですが、琳派にならったというより、先日見に行った應擧の作品に構図が似ている?と反芻しています。印象はこちらの方が伸びやかで若い感じがありますが。。。デモ、ソレジャ琳派ノ系統ジャナイジャン。。
ま、敢えて言うなら竹が天地で切れているってことが琳派風?



菱田春草《月四題》・・・この人の没骨法とたらしこみを駆使した朦朧体の真骨頂的な作品。実に美しい。幻想的な月と桜・柳・葡萄・梅の静謐な世界は、ぐーーっと引き込まれてしまいます。特に秋のたらしこみで描かれた葡萄は葉の色が見えてくるような錯覚を起こさせるくらい。これが重文とかの指定がないのがフシギなくらい、(ってか国宝とか重文とかの基準もよくわからないけれど。。)な気持ちにさせられるほど、私にはうっとりさせられる作品です。この作品の翌年に亡くなってしまうんですよね。


速水御舟《紅梅・白梅》・・・右幅の紅梅は老木で画面の下の方にどっしり(といっても、細いですけどね)、古木らしい硬枝振り、薄墨でぼかした空気の先に左幅の白梅の画面が連続しているような構図が念入りに工夫されてます。二幅の間には冷たい夜気が降りている感じが画面から伝わってくるなぁ。。
そして左幅の白梅は若木であることを示すようにほそーくしなやかな枝振り。ぐんと上に伸びています。まだまだ成長するぞ、という感じ。
彩色は紅梅を表す朱と白梅に使われた胡粉の白、めしべ・おしべに使われている金泥と抑え目なのに装飾的であること・・・が、琳派研究の成果なのだそうですけど、それが琳派風なのか?と言われても、ホントのところ、見るほうにしてみれば、そうなのかー、程度のように思えるんですけどねぇ。。まぁ、日本画を志す人はどこかの過程で、先人の技術や構図を写し取ることをされているでしょうから、何某、琳派風であったり、狩野派風であったりするんでしょうけど・・・。この絵が琳派風であってもなくても、見るものを引き付けることには変わりがありませんね。

琳派研究なり、先人のスタイルを模倣しつつも自らのスタイルを追求する試み・・・という面では川端龍子の《八ツ橋》と加山又造の《千羽鶴》の屏風絵が前期と後期に分けて同じ場所に飾られていました。
《八ツ橋》は日本絵画におけるお約束の伊勢物語のモチーフということもいえるけど、やはりずばり光琳に真っ向から向き合っているというイメージですよね。その正面からむきあっているところが、評価できるけれどちょっと画面が煩いかなぁ。。。川端龍子はもっと良い絵が沢山あるのに。。。というのが正直なところ。
酒井抱一の《燕子花図屏風》http://pikarosewine.blogspot.jp/2006/09/2006917-40030015066.html
のようにもう少しひねってくれると、研究成果を自分のものにした、っていう感じなんだけど。。。

その点、同じように画面一杯に展開されている《千羽鶴》はその展示の手前の低いガラスケースの中に、宗達ー光悦コンビの《四季草花下絵和歌短冊帖》があって、その短冊群の左端の《浜松》に、波・千鳥が描かれているんですね。











これを見ると、完璧にこのモチーフをいただいちゃってるっていう感じで、挑戦というよりはもう最初から白旗上げたうえで、自分のものにしているっていう感じを受け、こちらの方が好感を持てちゃいます。ま、いつも山種美術館に伺う際に、陶板にした同じ《千羽鶴》のお出迎えを受けているから、そう感じるのかもしれないけれど。


そんなわけで、やはりどうしても古典に軍配を上げたくなる「保守派」の私ですが、十二分に楽しむことができました。



2007年7月29日日曜日

【編集済過去日記 2007/7】 7月の美術館紀行

7月にぱらぱら書いた美術関連のつぶやき・・・・

【山種美術館】
ぐるっとパス2007前半戦スタートです。。 
  山種 お絵かきトモダチと行って来ました。。 
  速水御舟の炎舞が31歳で描かれたことを知って 


  言葉を失いかけました。。 
  その後の墨絵基調の茄子とか桔梗の軸絵もよかったな。。 
  俵屋宗達+本阿弥光悦の短冊もよし。。 

【世田谷文学館】
世田谷文学館で開催中の美内すずえとガラスの仮面展に来ました。 



連載開始の頃から読んでいて、毎回の展開が楽しみだった「最後の」少女漫画だったので、懐かしい気持ちでね。(舞台にもテレビドラマにもなって、今も連載中。ワタクシは途中で落伍せざるを得ず。。)

なんと会場に、美内すずえ先生が!

以前ハリウッド女優さんと隣り合わせになったのに話ができなかった時より進歩して、ちょっとだけ、お話しちゃいました!

でも、やっぱサインくださいとかまでは言えないシャイな私でしたー(;゜0゜)\



    【ブリジストン美術館】
    昨日から始まったブリジストン美術館での企画展 
    ヒサシブリに青木繁の「海の幸」とご対面できるので 
    午前中は京橋へ。。 

    今まではあまり気にしたことがなかったけれど 
    モデルにした福田タネが青木繁の恋人だったから 
    というだけではなく、大物が釣れた陰には 
    女神がいる、とでも言いたかったのかなー、 
    と思うくらい神々しい光を放っているんですね。。 
    (真ん中右よりの目線がワレワレに向いたヒト。。) 

    図らずも、彼は海と神話を重要な主題としていた、 
    というのが今回の企画の主軸でした。。 

    【佐倉市立美術館】
    佐倉市立美術館では佐倉房総ゆかりの 
    作家たちの作品を特集。。 
    最も気に入ったのは大正年間を駆け抜けた 
    デザイナー森谷延雄の椅子(リプロダクション)。 

    大正時代はアール・デコの時代だけど、 
    そんな時代に相応しいモダンなデザイン。。 

    何度みても、美しい。。 



    作品名も「鳥の書斎」の椅子だったり 




    「ねむり姫の寝室」、、、、 


    だなんて、ロマンティック♡ハート達(複数ハート)