2015年2月22日日曜日

平成の大修理は大胆だけど………。国宝 檜図屏風@東京国立博物館



トーハクの、国宝展示室で、17日から公開されている狩野永徳の《檜図》だけを見に行ってきました。
平成の修復が終わり、初めての公開ということで美術系のメディアにも取り上げられていたので、混まないうちに、またリーフレットがなくならないうちに、と言う隠れたテーマも有りましたからね。

この修復の大きな特徴は、汚れをとるとか、キズを、治すとか、そういうレベルではなく、八曲一隻(八枚のパネル(八扇)をに折りたためる一枚の屏風)に仕立てられていた屏風を四曲一双(パネル(四扇)四枚がつながった屏風が二組)に仕立て直すという大胆なもの。まぁ、言ってみれば、真ん中でぶちっと切って、二枚の(四面に区切られた)大きなパネルにしたような見せ方をしています。リーフレットの説明によればもともとは四面の襖仕立てだった=つまり平面で見る条件になっていた、という事なのです、それを途中で八曲にする事で、襖を縁取る部分なしに繋げてしまったので絵柄にずれが生じていた、という訳ですね。

確かに真ん中部分の大きなずれは、縁取りをする事で、その縁取り分の隙間分ずれがなくすっきり見えます。ただ、四曲の真ん中部分は同じく襖と襖の切れ目の筈で、そこのズレの部分が解消されていないみたいです。だから、遠目にみないと、ずれがなくなったと認識しづらい。それと・・・襖であれば、残ったズレの部分も襖の厚み部分があったりして多少立体的に見えるのでしょうが、ぜーんぶ横に平面的に展示してあるものだから、なんだか、豪胆さが消えてしまっているように思いました。ま、それは展示の仕方や、刷り込まれたイメージの問題ではありますが。
すりこまれたイメージというのは。。。屏風としてたてられていた姿のイメージが強く、何か立体感がなくなってしまった気がする。これは展示の仕方の問題なのかもしれないけど、以前立てられていた時は、大きなヒノキが前にせり出してくるような圧倒感が感じられた気がするのです。。。その意味では少し残念。
それと新たに張り替えられた裏面の新しく摺られた水色の唐紙、見てみたかった。。。という観点でも平面はつまらないのです。(ごめんなさい)
その裏面はわずかに残った雲母摺りの跡から、桐の文様(この屏風が伝えられた八条宮家に縁の深い五七桐文)を探りだしたそうです。八条宮家の別邸でもあった桂離宮の古書院の昭和の大修繕の際に型を起こし襖に唐紙を摺ったそうですが、その版木を使って新しい唐紙を作成したそうです。(詳しくは常設一階で分けてもらえるリーフレットにて。トーハクのサイトにもPDFがリンクされています。)

あ、勿論画面、特に金箔部分の染みが取り除かれて明るくなったりして、修理の効果は至るところにありますよね。
いずれにしても18か月の時間をかけて綺麗になって戻ってきたのだから、有難いとしましょう。そしてその財源をくれたンバンカメ・メリルリンチ文化財保護プロジェクトにも感謝ですね。
You Tubeにもトーハクが上げている修繕の記録映像がありました。

https://www.youtube.com/watch?v=TqaKiclMAlg&feature=youtu.be&list=UUi4kijTbqPOh1LPN2f0eQYg

国宝 《檜図屏風》会期:2015年2月17日(火) ~ 2015年3月15日(日)会場:東京国立博物館 本館2室 国宝室

2014年11月28日金曜日

やっぱり、運慶、快慶って凄いなぁー。高野山開創1200年記念ーーー高野山の名宝展

 

高野山は、弘法大師空海により弘仁7年(816)に真言密教の根本道場の地として開かれました。日本仏教の聖地の一つとして、時代と宗派を超えた信仰を集めてきました。
本展は、高野山開創1200年の記念として、山の正倉院とも例えられるその至宝の数々を公開するものです。
特に仏師運慶作の国宝《八大童子像》が全躯そろって展示されるのは、関東では10年ぶりとなる貴重な機会。
空海の精神と壮大な歴史に育まれた日本文化の精髄を是非御堪能ください。
サントリー美術館ニュースより

会員登録更新したから、すぐに行こうと思ってるうちに、前期の国宝《澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃》を見逃してしまったら、もう、どうでもいいかな、なーんて思っちゃっていたんですが、そうではありませんでした。
今回私にとって、良かったのは、密教の曼荼羅とか、理解が難しいものではなく、シンプルに彫像が多かったってことかもしれないし、それが、運慶・快慶という稀代の仏師の作品がどーんどーんとあったからなのかもしれないけれど。

全体の印象はさておき、最初に出てくる横向き(東向)の空海の像がこれまたグッとくるんだわ。優美で柔和な空海のまなざしに触れると自然に敬虔な気持ちになれる感じ。
 
解説もシンプルで金剛杵(こんごうしょ)や金剛鈴(こんごうりん)の解説を読んで振り返るとそこにそれぞれ独鈷杵(とっこしょ) や、三鈷杵、五鈷杵が展示され、しっかり頭のなかに違いがはっきり覚えられる感じ?それと解説の字かおおきいからかな?(笑)

いずれにせよ、そこで、もう一度最初の空海の像《弘法大師像》は、五鈷杵を右手に、左手に赤い数珠を巻いておられる、と言うことを確認出来ました。

さて、頭でっかちな《大日如来坐像》も印象的ではありますが、一目で運慶か快慶のような凄腕の仏師の作品だな!と目に入ったのは、やはり、快慶作と近年確認されたという《執金剛神立像(しゅこんごうしんりゅうぞう)》。


通常端整な作風からすると異形であると解説にはあったけど、素晴らしくダイナミックな姿は惚れ惚れするほどの動きや力強さを感じるわけで、それが快慶でなくっても並外れた実力の仏師であることには変わりないですね。
更に快慶作の《四天王立像》が続いて並んでいるのは圧巻です。解説では特に、広目天が出色の出来だそうですが、素人目には、どれも体躯のバランスが素晴らしく、美しく、力強い。そして、実に保存状態が良い!
感動を覚えます。
階下に降りていくと、豊臣秀吉が奉納したというでっかくて忿怒の相が迫力満点な《無畏十力吼菩薩像》を背景に、端正なお顔立ちとカラフルな孔雀羽の光背を擁し、大きな孔雀に座す《孔雀明王坐像》も待ち構えています。もうどんどんドーンとキタ――(゚∀゚)――!!って感じ。

そしてそのまま、運慶作の《八大童子像》が八躯待ち構えているんですね。
ハ躯の中では、ポスターにも使われている《制多伽童子像》がその赤い皮膚の色と特徴的な髪型で目を引くけれど、《烏俱婆誐童子像》の燃え上がる炎の髪型も捨て難い魅力。運慶作かどうかは確定してない《阿辱達童子像》の乗り物になっている麒麟のような動物も気に入りました。

サントリー美術館は12月7日までですが、あべのハルカスで来年一月からも見られます。

高野山開創1200年記念
高野山の名宝
2014年10月11日~12月7日
サントリー美術館

2015年1月23日~3月8日
あべのハルカス美術館
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2014年10月5日日曜日

思いが強すぎたかな......... レアンドロ・エルリッヒ Fragment of Illusion 展 @ 代官山アートフロントギャラリー

この度アートフロントギャラリーでは、当ギャラリーのリニューアル特別企画展示として、レアンドロ・エルリッヒの個展を開催いたします。

《雲》シリーズが並ぶギャラリーを外から眺める
 レアンドロ・エルリッヒは2000年のホイットニー・ビエンナーレでデビュー後、2001年、2005年のヴェネチア・ビエンナーレで国際的な注目を集めた作家です。日本においては2004年、金沢21世紀美術館の開館以来、常設作品《スイミング・プール》で広く知られています。他には2006年の越後妻有アートトリエンナーレでの作品《妻有の家》や、2010年の瀬戸内国際芸術祭で女木島の民家を舞台に発表された作品《不在の存在》、2012年に開館した越後妻有里山現代美術館[ナーレ]に常設展示されている作品《トンネル》といったプロジェクト・ベースの作品を多数発表しています。また2013年の東京都現代美術館での「うさぎスマッシュ展-世界に触れる方法(デザイン)」出品など、美術館においても活躍目覚ましい作家です。
 今夏、金沢21世紀美術館での個展でも好評を博し、国際的にも旬の作家であるレアンドロ・エルリッヒの魅力は、何よりも世代を超えて誰もが作品の空間で遊べる親しみやすさにあるといえます。こうした身体、空間を使ったプロジェクト・ベースの作品に対して、今回ギャラリーの個展では、作品の魅力をよりコンパクトに凝縮したパーソナルなスタイルでお見せできないかと作家ともども検討を重ねてきました。レアンドロの作品をこれまでとは異なる視点で楽しめる新作をsご紹介しますので、ぜひこの機会にレアンドロ・エルリッヒの作品の新たな魅力を楽しんでいただければ幸いです。




Fragment of Illusionレアンドロ・エルリッヒはアートの領域を拡張し続けている。この作家の手にかかれば私達が日常的に見慣れたものが見たことの無い体験をする装置にくるりと反転するのだ。例えば金沢にあるプールの作品では水面を覗いてみると水の中に観客がいる。越後妻有の美術館の作品は、外観は倉庫であるが、中は車の走るトンネルである。いずれも日常のありふれた物から本来の機能を取り外し、別の要素を付け加え、見る人の驚きを引き出すことでアートとして成立させる。軽妙洒脱であって世代を問わず楽しめるというところが特徴的である。

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世紀にヨーロッパの国々が民主主義に移行してゆく過程で美術館を通してアートも市民の目の届くところに開放されていった。ところが、美術の中身がそれによって変わったわけではない。アカデミーは存続し、それに否を唱える前衛芸術は各々の論理にのっとった新たなジャンルの中で囲い込まれた世界を形作っていく。その世界観を共有できない観衆は取り残されてしまう。美的なものを追い求める崇高な行為であったり、なにか小難しいものだと思ったり、教養の様なものをアートだと思う人は多いのではないだろうか。もちろんアート全体の概念としてこうした理解は全く間違っているわけではない。しかし、美術を拠り所として生きる私達は、ごく限られた観衆の為に美術を存続させているのが精一杯に思われることもあって愕然とすることもあるのだ。
レアンドロ・エルリッヒの作品はどうか。この作家の作品の面白さは美術館の中に美術と一般的には呼ばれないような「プール」や「窓」や「倉庫」が唐突に置かれている違和感から始まる。ここまではかつての前衛芸術と同じなのだが、物を提示するだけでアートのシステムの変革を目指す前衛芸術とは一線を画している。むしろ違和感を肩すかしするようにして、それを驚きに変化させることに力点が置かれる。見る側の美学や知識の有無にかかわらず、日常的な思い込みを視覚的に覆すことを前提として製作されているからこそ誰もが面白く思える作品を生み出すことができるのだろうその意味で囲い込まれた狭い美術の領域から歩みだすために美術が今後目指さなければならない新たな地平を体現する作家であると言えよう。観客の反応を考慮するという点でもレアンドロ・エルリッヒは非常に現代的である。この作家の会話の中にしばし登場する「フォトジェニック」という言葉がある。「写真映りの良い」という意味である。誰もが携帯という形でカメラを持ち歩くこの時代にスナップで撮りたくなる、あるいは撮れた作品がウェブでどう面白く作品が伝わるかという、現代ならでは観客の反応をこれほどしっかり押さえ、柔軟に対応しようとする作家を私は知らない。 これまでレアンドロ・エルリッヒの作品としては金沢や越後妻有など比較的大きな体験型の作品が知られている。アートフロントギャラリーにおける展覧会では新作も含め、これまでとは全く別の視点で作られた小さな作品を展示する。そこにもアートの領域を軽々とまたぐ、この作家の凝縮されたアイデアを見ていただけるであろう。 アートフロントギャラリー 近藤俊郎


 

ギャラリーのHPより
 
 
最初に出会ったのは21世紀美術館のプール。これは有名な作品だから、コメントするまでもないけれど、次に面白かったのはセトゲーの時に期間限定で公開されていた《不在の存在》のシュールさが気に入ってしまったわけですね。あのざくっ、ざくっといった音と白い石がすこしづつ沈んで足跡だけが進む。透明人間の姿までは想像できないけど、まさに不在の筈のナニカが蠢く不思議。
そんな印象を残してくれただけに、ちょいと覗いてみたかった。
あ、実はその前にBunkamuraでやっていた「進化するだまし絵II」で2009年作の《ログキャビン》を見たけど、まぁ、それほどキター!感はなかったんですけどね。よくできた作品とは思ったけど。で、今回。ギャラリーのオーナーが書かれている通り、これまでとは全く別の視点でつくられた小さな作品群なわけで、おおきな仕掛けを期待するところではなかった。
でも、《雲》のシリーズ、期待にこたえてくれたかな。アクリル板が重なっている中に、同じような形をした雲なんだけど、ひとつひとつは実際の雲をそのアクリルに閉じ込めたようになっていて、それぞれのタイトルが違って、御値段も違う。。桁数見てびーーくら。。だけど。なかなかこれは楽しい作品ですね。

もう一部屋のほうは、真ん中で景色の違う立体がくるくる回る作品、とアパートのようなところにいろいろな人がいるような作品。立体は《ログキャビン》と同じ感覚かな。二つのシーズン(秋と冬)、鏡で仕切られているので、外の世界も映り込む。。
ちょっと面白かったのは《階段》 三段の階段の頂上に登ると非常口の中にエッシャーばりの永遠に続くような階段をながめられる。
 
ギャラリー展示だからこんなもんかな。
 



 
 

 

レアンドロ・エルリッヒ展ーFragmens of Illusion
 
程  2014年 95日(金)- 105(日)
会場  アートフロントギャラリー(代官山)
 

 

 

2014年9月15日月曜日

惹きつけられてしまった・・・・五木田智央 TOMOO GOKITA THE GREAT CIRCUS @DIC川村記念美術館

この日は、今シーズン最終日になる変化朝顔を見にレキハクの暮らしの植物苑に行って、ロスコーみて帰ろうということで、この企画展があること自体すっかり見落としていたんですよね。
というか、ゴメンナサイ、五木田さんって全く知らなかった。

でも、川村に着いた時に、若い人が大勢いらしていたのですよ。今考えると、この企画展狙いだったのかな。。。そして、私たちが、変化朝顔を見ている間に日曜美術館のアートシーンで取り上げられていたんですね。近い方なら、思い立ってすぐに来れるし。
いつもの週末よりは心なしか人の入りが多かったような・・・・・

それは、当然でした。彼の事を知っていたり、アートシーンで画像を見た人なら、来たくなるわ。。

それくらい、惹きつけられました。

最初に、2014年の新作を見た瞬間から、シンプルな白黒だけなのに、シュールな絵柄の数々。でも、決してアブストラクトにとどまらない・

《New Sad》



《私のマネキン》



《用心棒》
特に、この《用心棒》、なーんか、手長猿だか、ナマケモノだかのようにしか見えなくて。。。。よく見るとちっちゃい目もついてるけど、なんだか用心棒とは程遠く見える愛らしいだらりんぶり。。

ま。そーんな空想の世界まで広げさせてくれちゃうわけで。
モダンな作家であるけど、とてもキレイな感じで、抽象だけじゃない。不思議な引きがある筆さばき。

見ていく順番はどのようにする、とは書いてなかったのだけど、なぜか最新作から、だんだん過去に遡るように見ていった結果・・・


コラージュのような小さな額を組み合わせたような作品《無題》は、どこかで誰かの似たような作品を見たこがあるような既視感があるんだけど、


ビリケンさんのようなこれはいいなぁ・・
《退屈な新婚旅行》


うん、やはり、進化するたびに、私の好みになっているー。。

一緒に行った人もとても気に入ったと言ってましたが、一緒に出てきた親子は、「ナンダカわけわからない、もう一度来る必要ない」と言ってました。

でも私はまた来たいなー。

是非佐倉に行かれた際はお立ち寄りを!

写真は美術館の指導に基づいて撮影しております。




五木田智央
TOMOO GOKITA THE GRAT CIRCUS
2014年8月31日(日)ー12月24日(水)
DIC川村記念美術館

2014年8月3日日曜日

楽し~い♪ イメージメーカー展@21_21デザイン サイト

いやー期待以上に面白かった❗


デザイン「あ」展以来かしら?

行こうと、思った動機が不純だったのですよ、ミナ☆コレのスタンプラリーがこの地域来ると纏めてGETできるからね。あ、もちろんGrace Jonesのインパクト強いお顔のポスターがなかったら、そこまで頑張らなかったかな?とも思うけど。


あ、あと事前勉強なしで飛び込んだわけですが、ミュージアムによれば
 
 21_21 DESIGN SIGHTでは、日仏文化交流に精通したキュレーターのエレーヌ・ケルマシュターを展覧会ディレクターに迎え、企画展「イメージメーカー展」を開催します。イメージとファンタジーの世界をつくりだすこと、多岐にわたるクリエイティブな分野を融合させること、そして今ここにある世界について語りながら、人々をそことは全く違った場所へ連れだすこと......本展では、国内外で活躍する「イメージメーカー」たちによる、幻想的で斬新な仕事を紹介します。希代の「イメージメーカー」として知られるジャン=ポール・グードは、1970年代から広告イメージのクリエーター、イラストレーター、デザイナー、そしてハイブリッドな作品や夢のつくり手として、世界を描き直し、変貌させ、魔法にかけ続けてきました。彼がつくる洗練された力強いイメージはアイコン化され、その比類のない美しさは世界中を駆け巡り、多くのクリエーターに影響を与えてきました。展覧会にはグードと同じ「イメージメーカー」のスピリットを持つ、三宅純、ロバート・ウィルソン、 デヴィッド・リンチ、舘鼻則孝、フォトグラファーハルが参加します。写真、ドローイング、ビデオインスタレーション、動く彫刻など、モードや演劇、デザインや映画につながる彼らの作品とその創造のプロセスは、人々に多角的な視点を与えます。そして、私たちを想像の旅へと一瞬にして連れだしてくれるのです。デザインやアートに定義などなく、既存の表現方法や分野を超えた自由な発想が求められています。視野を拡げ、あらゆる枠を取り払うことで、世界に驚きを与え、人々を魅了する作品が生まれるのではないでしょうか。「イメージメーカー展」は、表現に分野の境界は存在しないことを訴えかけながら、心を動かされるような体験と、幼い頃の無邪気な喜びといった感覚を届けてくれるでしょう。[美術館HPより]
 
ま、そういわれても、グードという人が稀代のイメージメーカーと知らなければ、ふふん、ってなもんですよね。。デビット・リンチだけが知っている名前だったの。
映像を期待したわけですが、意外にも?心象風景とした地味なモノクロのリトグラフが並んでいるだけ。映像ではなかった。ま、それはそれで、枚数があってよかったけど。


それより、時間の経過でモナコ妃のドレスの背中や後に回した手が見えてくるロバートウィルソン氏の映像作品の方がアイキャッチーだったかな


だーけーどー、なんといっても楽しかったのは
実際に回転するきゃりーぱみゅぱみゅみたいな人形とか
私にはそういうイメージに映った)、狭い回廊の右左に並べられたパリ地下鉄の駅の映像、それぞれの駅によって異なるデパート(ギャラリーラフィエット)の広告(そうはいっても、イメージ広告でそうとしらなければただのデザイン広告)の前でメトロを待つ人々の群像、そこに永遠に止まらない超特急の緑の帯のついたメトロが走り抜ける・・・というインスタレーション。


これを眺めていても飽きないねぇ・・・
という感じで。

あと、部屋の順番は入れ違いになりましたが、ヒールレスの上げ底靴フェチ?な  の作品群。考えてみれば当然なんだけど、舞妓さんの履くぽっくりの進化版があったり、









絶対息苦しそうだなーと思われる真空パックになった人たちとその持ち物の写真パネルがあったり。。。なんかスルーできない作品が並んでましたよ。
















ヒールレスシューズは試着したけど、これじゃあ走れないなーー。。。
でも若いお嬢さんは走りはしなかったけど、すっと立って歩いてました。若いっていいなー。。。


とにかく行って体験するのが一番かな。。


イメージメーカー展
21_21 Design Site
2014年7月5日(金)~10月5日(日)

2014年8月2日土曜日

建築家ピエール・シャローとガラスの家 ーーーシャローはモンドリアンのコレクターだったんだ!

知り合いの方が面白かったーというので、ぐるパスのあるうちに行かなきゃ!
ということで、溶けそうに暑い中、出かけてきましたよー、汐留に。。



その知り合いは、もとよりこのガラスの家をご存知だったようで、探したことがあったけど、見つからなかったっていうの。
私は、いえば。。。。知人のようにあらかじめ知っていたわけではないのでお勉強になりました。

1883年にボルドーに生まれ、10年後家族でパリに移住、国立美術学校には行けず、イギリスに本社のある家具会社で家具作りを学んだ、と。
その後の作品はアラバスターを使ったアールデコスタイルの照明とか、実用性としてはどうかわからないけれど。素晴らしく美しいネストテーブルとか・・・・

1929年以降建築に関心をもち、有名なガラスの家を設計することになったと。
丁度4階に上がったところで上映されていた映像でその家を見せてくれていたので、始まる前にプレビュー。
確かに見つけて見に行きたいような素晴らしい家ですね。
私の印象としては、障子がガラスに変わった和風の家のような印象が強いこの素敵な家の天井はとても日本の家とはいえないんだけど、いや、それだからこそ何か郷愁を感じさせますね。窓からみえる緑がいい感じ。

内部ではひとつひとつの部屋を紹介するスライドも上映されていました。


途中の解説で、シャローはモンドリアン、ブラックやピカソのコレクターでもあったとありました。交流していたのはデュフィーとか、リップシッツ、そして正規の家具職人や建築家としての資格はないままレジオンドヌール勲章をもらったとか。。やはりこのガラスの家のインパクトたるやすごいんですねー。。

展覧会の見どころは、

http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/14/140726/ex.html


展示された家具類はアールデコ様式の美しさがしみじみわかるものばかり、ただし、椅子はちと痛そうなものもありましたがね。。。

会場内のキンキンに冷えた冷房だけではなく、美しいものを見て清涼感を感じることができたのは収穫です。


建築家ピエール・シャローとガラスの家 展
パナソニック 汐留ミュージアム
2014年7月26日(土)~2014年10月13日(月・祝)

 

2014年7月22日火曜日

今年も伊藤若冲の名宝展をじっくり鑑賞させて戴きましたよ@相國寺承天閣美術館


タイトルに、今年もと書いておきながら、去年の感想文が書ききれてないことに気づく私。あはっ。
去年も7月にこちらで開催されていた「伊藤若冲の名品展」(今年は名宝、去年は名品、この違いは何かな?)を見に来て、初めて見る鹿苑寺(金閣寺)大書院旧障壁画の迫力に圧倒され、思わずポストカード全10枚を購入してしまったのでした。感想文書くためにね。なーのーにー。書いてない!
なので、兎に角今年は何としてでも書かないと!

その後、常設展示である「月夜芭蕉図床貼付」と、「葡萄小禽図床貼付」をこれも書いてない「開館30周年記念丸山応挙展」の時に拝んだので、今度で三度目の出会いとなるのですが、床の間の壁に描かれた二作には本当に圧倒されます。これは写真では伝わりきらないんだけど、三面を使った大胆な構図の「月夜芭蕉図」にしても、床の間の違い棚の奥まで展開され、実は対角線上の襖絵に描かれた小禽と、違い棚脇の壁に描かれた小禽が、対になるように空間を立体的に捉え、かつ情趣を加えた意欲的な作品は見れば見るほど引き込まれます。

相国寺の禅の思想に触れ在家のまま仏道修行を行う「居士」だった若沖。「維摩経」にある、悟りを得ていない人間の儚さを例えて「是の身は芭蕉の如し」という形容があり、大きな葉が風に吹き破られて哀感を誘うことから、江戸時代には、芭蕉は「庭忌草」とされ、関西では、寺院にしか植わってなかったとか。
美術館前の庭に植わっているこれは芭蕉?

若沖の生家のある錦小路
辺りには無かったということですよね。でも、若沖は好んでと、いうくらいその外隈描法をいかんなく発揮してますよね。この、「月夜芭蕉図」は、その頂点にあるのではないか、というくらい素晴らしい作品だと思います。解説によれば、若沖の師であった梅荘顕彰常が、この「維摩経」に基き、自ら「大典蕉中」と、号していたことから、芭蕉を画題に選び、芭蕉が人間の仮託であるなら、差し込んできた月光を仏の知恵や慈悲の象徴の光明と解し得るとした若沖の意欲作とのこと。 ま、私には大胆な構図、モノクロなのに、月の柔らかい光を感じる三面を使った立体的な表現ということが、印象の中心であるだけなんですけどね。
さて、今回は、この床の間だけではなく、大書院を取り囲む襖絵が、飾られているのです。去年は無造作に描かれた竹の丸い節が心を捉えましたが、今年は、芭蕉繋がりで、芭蕉叭叭鳥図襖絵襖が、気になりました。
で、去年は見られなかったと思う<釈迦如来像・文殊菩薩像・普賢菩薩像>の巨大な軸に接することが出来まして。その大きさを堪能するため、床の絨毯に座り拝みあげました。
そんなこと、何処にも書いてないから私だけの印象では、あんなに微細に鳥とか虫とか、描く若沖も人はなんか詳細すぎる故の硬さがあって、必ずしも巧いという印象のない私ですが、この菩薩に限っては、その硬さが、うまく神々しさに結びついているような気がしました。

後ね、去年の記憶には、ないんだけど、第一室にあった《山水図》、解説は無かったんだけど、大胆な筆致の墨で描かれた滝と、その滝が流れてくる先に、寺の方丈のような建物の屋根、塔のようなものが屹立している感じとか、画面に少し左寄りの少ない情報だけで、色々な想像が出来てしまうの。素晴らしいなぁ。
その隣にあった《牡丹百合図》はまだ若い時期の作品ながら、その表現が、動植綵絵でのものに近く、近年発見されて以来注目されてるとか。去年もあったように思うけど、改めて虻もか、蝸牛のイキイキした表現力に目がとまりますね。
若沖からは、離れてしまうけど、この第一室に二枚の《百猿図》があったのです。一枚の方は丸に棒のような猿ー良く見るタイプ。
もう一枚は毛並みふさふさの猿たちー良く見ると一匹一匹の表情が違う♪
あ、森狙仙だ♪なるほどね。やはり彼の猿の表現は素晴らしいなぁ~。
素晴らしいと、言えば、この部屋に入った処に展示してある《翡翠細工花入》、トーハクほどのLED照明もあたってないのに、白菜に遜色ないほどの精巧な作りと美しいグラデーションの翡翠の色、花瓶にまとわりつくような、龍の鬚の細かさ、白菜同様薄い作りのこの作品は、いつまでもじっくり鑑賞できます。
さて、その生涯は、師と仰いだ利休同様、為政者によって切腹で幕を引くことになったものの、焼き物でその名を永遠に残した古田織部!今年はその織部の没後400年、と言う事で、第二室には織部焼の小特集が組まれてました。釉薬の色調により、織部黒、黒織部、青織部、赤織部、志野織部があるんですって、しらなんだ。一番目にする緑色のが青織部という訳ですが、実際に、溜まった釉薬が青の器があったのが面白かった。そして、黒織部と織部黒に違いがあるとは!
ここには書いてなかったけど、沓形だけど、全面的に黒釉で、覆われているのが織部黒で、織部独特の優れたデザインをいかんなく発揮した窓絵といわれる文様があるのが、黒織部なんだそうで、形はこちらも、沓形が多いのだそう。勉強のきっかけになり、ありがたいことてす。

まだ9月迄やっているので、京都に行かれたら是非!

伊藤若沖の名宝展
相国寺天承閣美術館
2014年6月15日(日)~9月23日(火) 会期中無休