2016年1月11日月曜日

青い日記帳×山種美術館 ブロガー内覧会「【特別展】伊藤若冲 生誕300年記念 ゆかいな若冲・めでたい大観 ―HAPPYな日本美術―」(@山種美術館)をリアルタイムでレポートしよう!に行ってきましたー


2016年に開館50周年を迎える山種美術館では、新春にふさわしく、幸福への願いが込められためでたい主題や、思わず笑みがこぼれる楽しいモティーフを集めた展覧会を開催いたします。
 日本美術において、祭事・婚礼などの慶事や節句、あるいは日常の営みの中で用いる図様として、さまざな吉祥画題が表現されてきました。本展では、その中から長寿や子宝、富や繁栄などを象徴する美術に焦点をあて、おなじみの鶴亀、松竹梅、七福神など現代人からみてもラッキーアイテムとなる対象を描いた絵画をご紹介します。さらに、ユーモラスな表現、幸福感のある情景など、HAPPYな気持ちをもたらす作品も展示します。
 本展でまず注目すべきは、初公開作品を含む伊藤若冲の墨画です。おどけた様子の七福神《布袋図》*や《恵比寿図》*、表情豊かに動物の姿を描いた《河豚と蛙の相撲図》*、押絵貼屏風《群鶏図》*など、大胆なデフォルメと機知に富んだ表現をお楽しみください。また、歌川国芳のユーモアあふれる猫や金魚の戯画(会期中、展示替え有り)、鮮烈な色彩と滑稽さが魅力の吉祥画・柴田是真《円窓鐘馗》、重厚感のある筆力が際立つ河鍋暁斎《五月幟図》*など幕末・明治時代の作品も見逃せません。そして、日本を象徴する霊峰富士の堂々たる姿を描いた横山大観《心神》、陰影や立体感を意識し、近代的な人物表現を取り入れた下村観山《寿老》など、伝統的な画題を土台としながらも、時代に即した新しい表現を試みた近代の画家たちの優品も見どころです。江戸時代から近代・現代まで、「HAPPY」を切り口に日本美術をたどる、縁起のよさ満載の展覧会です。
※ 「*」印は個人蔵、その他は山種美術館蔵
【山種美術館HPより】

新年おめでとうございます。いやいや、山種美術館さん開館50周年おめでとうございます。

昨年サントリーの「若冲と蕪村」にあまりにも多く通いすぎたのでいくら好きとはいえ、若沖 若干飽きたかも。と思いつつ、前売り券はしっかり買っておいたわけですが、中村さんのつぶやきで、青い日記帳×山種美術館 ブロガー内覧会「【特別展】伊藤若冲 生誕300年記念 ゆかいな若冲・めでたい大観 ―HAPPYな日本美術―」(@山種美術館)をリアルタイムでレポートしよう![2016111(月・祝)17:3019:30]が開催されることに気づき、久しく行けてなかったけど今回は時間調整すればなんとか行けるぞ!ってことでめでたく申し込みができました。
よって、館内で撮影した写真の画像を貼りますが、許可を得て撮影しているものでございます。あまり、晒されていない当ブログでも写真の検索がかかっていることが多いのですが、決して無断転用、複写などなさらぬようお願いいたしますね、ペコリ。(写真作品の所蔵は★印=山種美術館所蔵作品、印のないものは個人等山種美術館所蔵作品ではありません。)

さて、若冲若干飽きたかも、と書いたのは訂正します。うん、今回は11点展示のうち山種さん所蔵のものは一点のみ、残り10点はしかも主に個人所蔵の作品をお借りしてきているということで、5点は初公開(初公開マークまでついている♪)、滅多なことでは目にすることができないものばかり、いやいやありがとうございます。山崎館長、山種美術館の皆さま。

伊藤若冲《河豚と蛙の相撲図》
上部の賛の内容に注目
入って一番に目にする作品≪河豚と蛙の相撲図≫なんざ、一見、見た目は鳥獣戯画の江戸時代版のような軽妙さ、まさにこの展覧会のタイトル「ゆかいな若冲」に通じ、第二章のHAPPYになる絵画です。しかも、同じ主題を数多く手掛けている若冲でありながら、この河豚と蛙の組み合わせでの相撲図はこれ一点しか現存していない由で、その意味でも貴重。HAPPYになれますよね。このレアな作品は広島県美と府中で公開されたことがあるらしいけれど、私はお初。そのレアものに対面できて、よかった。。。
伊藤若冲《河豚と蛙の相撲図》
部分 )

館長によれば、(壁の解説にも書いてありますが)、賛を読むと、「いつになったら諍いがやむのだろうか」とあり、実はこれ、きなくさい話が背景にあっての絵ではないかと言うのです。河豚にしても蛙(蟾蜍)にしても毒を持ち、悪意の或る者同士の争いと読み解けると。背景は天明の大火に端を発したことではないかと、館長はさらっとおっしゃっていました。確か、大火の後に錦市場を閉鎖に追い込もうとする陰謀があって、これに青物問屋の隠居居士若冲が再開に向け奔走したという時期はそれと認められる作品がほとんどないという話がありましたから、この絵が描かれたのがその頃なのかその後かはわからないけど、そういう背景を知れば知るほど別の意味で楽しくはなりますね。
ってか、やはり、一番いい場所に鎮座ましますだけあって、やはり目をひくし、よく見れば相撲の手をとっているのは蛙だけで、河豚はどさーっと、身をゆだねてるだけじゃね?的にも見えるわけですが、一見したときは相撲とってるようにみえちゃうわけで、そんな感じが好ましい。

さて、いつも観始める時、皆さんはどう回りますかねー。この河豚と蛙のある壁をずーっといくのがふつうかな?
展示の章立ても第一章 愛でたい、めでたい、Happyな日本美術の小項目「長寿のシンボルー鶴と亀」の始まりが、次に出てくる、同じく若冲の《亀図》からです。
伊藤若冲《亀図》 (部分 )しっぽはミモザに似ている?

これは画仙紙という柔らかい紙に若冲ファンにはどちらかというとおなじみな筋目描きで甲羅を丁寧に描いてある作品ですが、今回のイベントのナビゲーターであるお馴染みTakさん曰く、この季節の花(ちょっと早いか?)ミモザに似てるというのですよ、尾っぽが!何?
で、確かに、確認してみると、ふむふむ、まぁ、そういわれればそう見えますよね。
これだからいろんな方の感想文読むと面白い発見があったりして、同じ絵でも、見る人によってツボが違ったりする楽しさですね。まさにHappyになれる瞬間です。

次は奇才河鍋暁斎の《浦島太郎に鶴と亀》。童話で出てくるイメージや今のCMの登場人物とは違いかなり薹のたった中国の漁師って感じが、アレですが、亀に白髪ならぬ亀髪?(苦笑)三千丈という感じで毛がなびいていたり、まぁおめでたい絵ですねってことで、次に行きますかね。
河鍋暁斎《浦島太郎に鶴と亀》
長らく3幅のどこに太郎を置くか等、ポジションが
定まらなかったけど、これで落ち着きつつあるそうです
次からは、大観、玉堂、龍子、古径の四者四様の鶴が並びます。
ま、大観は主題としての鶴ではなく背景の鶴で群れで飛ぶさまこの絵、見れば見るほどしみじみと良い絵です。
龍子の《鶴鼎図》は鼎という文字に鶴の足が似ているからという説明がありました。なるほど。大変美しい絵ですが、著作権の年限なのかな、いつも龍子の写真は撮れないんですよねー。
玉堂の《松上双鶴》は文字通り松の上に二羽が向き合ってますが、よく考えると、鶴が二羽乗っているなんて、ずいぶんと立派な幹ですよね。なーんて下らん事を思ってしまったり。。(苦笑)
川合玉堂《松上双鶴》★
卵の形のような古径の鶴は、以前の内覧会で感想も書いたし、http://pikarosewine.blogspot.jp/2013/12/130.html
手ぬぐいも持ってるから今回は割愛、どんどん次に行きましょう。
横山大観《寿》★

小項目的には次は「縁起物のマルチプレーヤー 松竹梅」うん、まさに。お馴染みの大観の裏箔で描かれた《竹》屏風のほのかな光は勿論、《寿》という文字の背景に描かれた松・竹・梅が金泥よりは金に近く光っていて、おめでたさを強調していますね。

このセクションに若冲の《群鶏図》があるけれど、まぁ。これはいいわね。一応「生き物に込められた吉祥」というカテゴリではあるものの、ちょっとフィットしないかも。でも、このダイナミックな筆さばきを拝見できることが吉祥か。
伊藤若冲《群鶴図》

さらに「幸運をもたらす神ー七福神」までは現代人にもそれとわかる吉祥のシンボル。
ここでは特に若冲のお初にお目見えする《布袋図》やら《大黒図》《恵比寿図》が解説されてました。ついつい見入ってしまう。(初物に弱い日本人。笑)
若冲はあまり人物画は上手くないと思う私ですが、こうやって鶏とかわらぬ一筆書き調なものは勢いもあって、かわいらしい感じもあり、まぁ良いかな。
伊藤若冲《大黒図》(左)《恵比寿図》(右)表装が一緒
伊藤若冲《布袋図》

それに比して、ばっちり細密画風なのが狩野常信と一信の《七福神図》。常信の七福神はどなたも優しい笑顔でほのぼのします。
狩野常信《七福神図》★ 部分 )
会期中場面替えあり
狩野常信《七福神図》★部分 )みんなハッピー
一方の一信はあの震災の年に江戸東京博物館でやっていた五百羅漢を描いた人…大きさはそんな巨大じゃないけど、なかなか味があります。お隣にも一幅《布袋唐子図》があって、頭上に大きな袋のような頭巾をかぶった、もとい、頭巾のような袋をかぶった布袋さまとふくよかな唐子が印象的です。

狩野一信《布袋唐子図》 部分 )
五百羅漢図で羅漢たちが見せていた
表情はここにはないですね

新井洞巌《蓬莱仙境図》★
創設者である山崎種二初代館長と同郷だった洞巌
が種二の長女の結婚祝で贈った作品と作品解説
に書いてありました。
山鳥の鳴き声が響き渡りそうな険しい山道を超える
と良い事があるのかな?等と妄想してしまいます。
次の壁面ガラスケースは「聖なる山ー蓬莱山と富士山」という小項目。

蓬莱山と言われても今の私たちにはどんだけ思い起こすことのできる吉祥の山かはわからないけれど、絵を拝見することでイメージするっていう感じかなー。

⇒この絵のように仙人が住む不老不死の仙境となれば、やはりいい事ありそうですね、そこに至る道のりの厳しさと、到達した暁に出逢える美しい光景・・・妄想が広がります。


それに引き換え富士山は誰もが知っているだけに、いろいろな表現に目を奪われる感じ。写真が撮れなかったけど、伊東深水の富士はペルシャンブルーのような深水の絵によく出てくる美しいブルーが印象的なばかりか、手前側に松の幹と緑の葉をつける枝が広がり、非常に大胆な構図。その隣には小松均の《赤富士図》(これも一点撮りはダメ)があるので、このエリアは強い印象でしたね。

次は「くらしに息づく吉祥」
田崎早雲《瑞夢(富士・鷹・茄子)》★
中村芳中《万歳図》部分 )
お正月といえば初夢ですよね?(ww) 
一富士二鷹三茄子を描いた《瑞夢》とか、芳中の楽し気な《万歳図》、などが並び、五月の節句には魔除けのシンボル鍾馗様を飾る風習が今でもあるけど、暁斎、是真、新井洞巌の三者三様の鍾馗様が登場するエリアは楽しい。
柴田是真《円窓鐘馗 ★さすがの構図と描表装
特に是真の《円窓鐘馗》は丸い窓の中から今にも飛び出しそうな目で鍾馗様がねめつけていて、その窓から逃げ出そうとする間抜けな鬼という構図、描表装と山崎館長はおっしゃっていたけど、ふつうの描表装とは違って窓の外側は真っ赤に塗りこめられているという感じで、構図といい、さすがは洒脱な蒔絵の漆工芸品を遺した是真らしく、とても印象的。


印象的と言えば、「生きものにこめられた吉祥」の是真の《墨林筆哥》、二年前の「Kawaii日本美術」の時にも出品されていたと思うけど、何度見ても思わず微笑んでしまう、愉快な、そして「かわいい」漆絵です。

柴田是真《墨林筆哥》★
いつみてもかわいらしく、くすっとしてしまいます。


その隣にはこれまた良くできてるわねー、と顔がゆるむ国芳の《両面相 だるま・げどふ、伊久・とくざかり》(注意:2月7日までです、後期展示替え対象)。



これらは冒頭の《河豚と蛙の相撲図》と共に第二章のHappyになる絵画のうち「笑い・ユーモア」カテゴリーに属しますね。


もうひとつ、このカテゴリの中には、《墨林筆哥》同様 かわいい対象として取り上げられていた《伏見人形図》★があります。伏見人形の質感よろしくざらざらっとした感触を見てもわかるように描いてあるというのが特色だそうで、長い軸だからなのかな、これは15秒間動画OKの対象だったんですが、なんか動画にして意味があるように撮れてません。。ゴメンナサイ。

伊藤若冲《海老図》部分 )
ショップには同じ顔と色をした小さな伏見人形も売ってました、前回気づかなかったかも。それこそ「かわいい」!

さて章立ては前後しますが、第一章にはこの他「生き物にこめられた吉祥」「新春を寿ぐー愛されキャラクター・干支の動物」という小項目も。

上述通り、《群鶏図》にしても雅邦の《平安長春図》にしてもその項目にフィットするのか?と言われると、その裏にある意味等を解説されでもしないとちょっとうーん、、、かも。。と思ったりもするのですが、いずれも佳作。

竹内栖鳳《鯛》部分 )
さっと描いた感じで詳密ではないのにリアルですよね
中でも栖鳳の《鯛(1月)》はこのブログの私のアイコンに
も使わせて戴いている程好きな絵柄。
同じ鯛でも児玉希望の《鯛》は毒々しいくらいの赤さと背景(テーブル?)のブルー、金色っぽい皿の上に背景の上にも散らされた赤っぽい文様と怖い顔をした左向きの鯛(金目?)が目に留まる大きな作品でちょっと恐ろしい。(一点撮り不可、展示光景写真のみOKだったのでこんな↓感じです。)
児玉希望《鯛》★、伊藤若冲《海老図》の掛かる壁面光景

とはいえ、題材は鯛なので・・・・・
さすがに鯛とか海老はお正月の御膳に登場することもあり「吉祥」感はむんむんですね。

今回の内覧会、企図された訳ではないのかもしれないけれど、たまさか、この美術館の設計に係った方(日本設計の山下さん)と照明をご担当のスタジオレガロの尾崎さんが参加されておられました。

中村さんの振りで、そのお二人のお話も伺うことができました。

照明が仕込まれている部分の周りに
白いパネル上の天井が張ってあるので、
結果サイズの違う短冊が切ってある
ように見えますね
この空調の温度調整ボタン
と思しき白い突起はどうして
も外すことができなかった?
正解が知りたいなぁ。。
クリアで反射を極力おさえた展示ケースを使われている事は今まで何度かお話を伺ってきていますが、白い(アイボリーが入ってる?)天井を見上げると黒い部分に照明が仕込まれていることがわかります。このデザインは建物の外壁と呼応するようにできてるそうですよ。
そして、日本画専門の美術館ということで余計なものが目立たないよう、突起物がないように、ちゃんと意図して設計されているとの事。
山下さんはひとつだけ、どうしてもそれが叶わなかったものがある、それがなんだかわかりますか?という謎の質問を発せられたのですが、この日少し早く帰ってしまったので、答え合わせできなかったのですが、コレでしょうか?
さて、その白黒短冊状の天井(視覚効果として広く感じますよね)からの照明が作品にあたるように工夫されている事は分かりやすいといえばわかりやすいですが、作品に集中して見られるように、展示ケースを見る際には照明器具そのものが見えないようにして、且つ眩しすぎないように、上からは二段、下からも照明をあててあるんです、と説明を受けました。
      展示ケースの上部からの照明、
      見る側の目線にはこの照明は全く見えません。
      感じさせないようにとの配慮
照明を「明かりをとる」という観点から「感じさせないようにする」との工夫、普通とは180度違う見方に、なるほどー、と思いました。

お二人ともありがとうございました。
やはり、こういう美術館に来たら、展示だけではなく、建物等も含めてみてね、という見どころ等、美術ファンの心をくすぐる「コネタ」をうまーく振ってこられる中村さん、さすが「美術のカリスマ・ブロガー」でおられます。


小林古径《松竹梅》★
右上が《心神》がモチーフとなった
「雲海」、右下は古径《松竹梅》が
モチーフの「吉祥」(緑の)
最後はいつも内覧会の際には投票も行われる作品に因んだ和菓子。ラインナップはこんな感じだったのですが、今回残念ながら、配布解禁になる前に失礼されて頂いてしまったので、味わうことはできませんでしたが(作成秘話もあったのかな?)、ルックス的には「吉祥」が分かりやすくてよかったですが、元になった作品に近づけようとして苦労されたかな?と思ったのは「雲海」、食べたら大観の《心神》の境地になれたかな?と興味がわきました。

横山大観《心神》★ 作品紹介の札の横の解説にも注目くださいね
第二室は干支にちなんだ猿の絵が並びます。写真撮れないの多かったので、割愛しますが、まだ書ききれないこと一杯。やはり、ここはもう一度美術館に行って目で確認だな。

いつもながら山崎館長を始め美術館の皆様、中村さん、こういう機会を作ってくださりありがとうございました。

《特別展】伊藤若冲 生誕300年記念

ゆかいな若冲・めでたい大観―HAPPYな日本美術―

2016年1月3日(日) ~ 2016年3月6日(日) 10:00-17:00 (入館は16:30まで)
休館日月曜日 ≪2月9日から一部作品展示替えがあります》









2015年8月16日日曜日

ついに東の大関に出会った~♪ 藤田美術館の至宝 国宝曜変天目茶碗と日本の美@サントリー美術館

明治の実業家・藤田傳三郎氏(ふじたでんざぶろう・1841~1912)は、明治維新後、廃仏毀釈によって仏教美術品が失われる危機を憂慮し、仏像や仏画などの文化財保護に尽力しました。また、茶の湯を趣味とする数寄者(すきしゃ)であった氏は、茶道具に対しても卓抜な鑑識眼をもち、「交趾大亀香合(こうちおおがめこうごう)」をはじめ、稀代の逸品を収集しました。
藤田美術館は、傳三郎氏と、長男平太郎・次男徳次郎両氏の2代3人による収蔵品を公開するために、昭和29年(1954)大阪市に開館しました。仏教美術と茶道具に限らず、絵画、墨蹟、漆工、金工、染織など多岐にわたる収蔵品は、文化国家として美術品を広く公開することを目指し、系統立てて収集を行なった傳三郎氏の高い志がうかがえます。量のみならず質的にも充実した2,111件の収蔵品は、天下の名碗「曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)」など9件が国宝に、52件が重要文化財に指定されています。
藤田美術館では、春と秋の年2回企画展が開催され、鑑賞者の眼を喜ばせていますが、永らく館外での公開が待ち望まれてきました。今回の展覧会は、国内有数の東洋・日本美術コレクションを誇る藤田美術館の至宝を初めて東京で一堂に公開する待望の企画展です。
(美術館HPから)

以前、出光で知った安政二年「形物香合相撲」という番付。
http://pikarosewine.blogspot.jp/2013/06/blog-post_26.htm

あの時は染付の特集で北宋の周頓頤(しゅうとんい)、通称は周茂叔(キッパリ引退して毎日釣り糸を垂れる生活をして過ごしていた)という文人をモチーフにした《古染付周茂叔文香合》が番付に載っていたわけですが、勿論前頭何枚目というような順位でしたね。

今回、展示の最後にこのコレクションを創った藤田傳三郎が長らく欲し、亡くなる10日前に入手できたという報告を聞きながら手にすることはなかったという《交趾大亀香合》が登場したのですが、これがなんと東の大関♪


これ以外に東前頭10枚目《交趾大獅子香合》も展示されていました。嬉しい。

あ、勿論、この藤田美術館の目玉はタイトルにあるような曜変天目茶碗。

青くきらめく星空のような美しい景色は、静嘉堂の持つ曜変天目よりは控えめな曜変だけど、美しい。ただ、ちょっと残念なのは一部口縁から下が剥がれている事。なるほど、ちらしやポスターの写真は全面ではなく一部の撮影になっているのはそのせいなのかしら。

そして感激するのが快慶作の《地蔵菩薩立像》。素晴らしい法衣の襞のイキイキとした流れ、美しい姿態。

名品としては茶の湯の道具が多いけど、古今和歌集の断簡とか、《紫紙金字華厳経》、《今日法蓮華経》、伝俊成、伝貫之等の文字の美しさを見るだけでも楽しくなる色紙や料紙の美しい《深窓秘抄》等、見ているだけで幸せ。

会期末までにもう一度行こう♪


藤田美術館の至宝
国宝 曜変天目茶碗と日本の美
2015年8月5日(水)~9月27日(日)

サントリー美術館

2015年8月15日土曜日

コトリの囀りを聴いたよ――――根津美術館 コレクション展 絵の音を聴く――雨と風、鳥のさえずり、人の声

絵を見て、そこにあるべき音を想像するのは楽しいものです。くちばしを大きく開けてさえずる小鳥たちの声、龍虎が巻き起こす風や雲の轟音、また、山水画に表された雨風や瀧の音、そして、名所絵の群衆の賑わいなど、音を感じとることができる絵画作品は少なくありません。かつて、中国の文人たちは、部屋に横たわりながら胸中の山水に遊ぶことを「臥遊(がゆう)」と呼んで楽しみました。心を澄まして絵の中に入り込むことができれば、現代の私たちにも、きっとさまざまな音が聞こえてくるはずです。
 絵の音を聴くことによって、その作品の新しい魅力を発見してみてはいかがでしょうか。

(美術館HPより)

いや、ひんやりした美術館に入るだけで、嬉しい今日この頃、お盆休みという事もあって、出足が悪くて本当に良かった。
いくら、解説で「臥楽」と言われても、中国の文人程心を澄ますことはできず、いつもは必ずと言っていいほど、関係ない話をべちゃくちゃおしゃべりしている人たちに気を取られて、集中できない私としては、静かな環境の中、聴こえてきましたよ。

コトリの囀り、鳴き声、風の音、川の流れ、雅楽の調べ、瀧の音・・・

《四季花鳥図屏風》の一部、くわっつ、くわっていう鳴き声が聞こえてきましたよ。


特に気に入ったのは、最初の「鳥たちの楽園」 伝狩野元信作の大振りな六曲一双の《四季花鳥図屏風》には多くの鳥たちが自由に囀り、叫んでるのが好き。
およそ70羽が遊んでいるこの作品は、実は元信ではなく息子の松栄の作品である可能性が指摘されているそうですが、楽しげな鳥たちがイキイキしている限り、作者がどちらでも関係ないかー、と思わされますよね。


美術館的には目玉は基一の《夏秋渓流図屏風》だろうことはよくわかるけど、この色遣いは好きでないの、毒々しすぎて。だから軽やかな渓流の音には聞こえなかった。心模様が音にも影響しちゃうなぁ。

隣の雪舟による《龍虎図屏風》。右隻に龍、左隻に猫のような虎という構図はどこにでもあるようなパターンではあるけれど、虎の後でなびく竹の葉にびゅうびゅうという風の音が聞こえてきた。やはり絵に入り込む度合いというのが影響するのかな。

今度サントリーで特集される久隅守景の《舞楽図屏風》からも笙や龍笛の音が・・・

単眼鏡を使わないとよく見えないけど、全体のバランス、細かい描写が素晴らしいのが岩佐又兵衛の《傘張虚無僧図》。そのディテールの美しさに感嘆して音まで集中できなかったけどね。

瀧を見る文士を描いた式部輝忠筆の《観爆図》、上から落ちる三千尺の瀧を下から見上げる文士は四頭身か?というくらい頭は大きいのに、全体としては絶妙なバランスを保っているのが印象的です。

文人たちのような余裕はないけれど、ほんの少し、そんな愉しい時間が持てただけでよかった。

::::::

根津美術館は何時でも同時開催のテーマ展示がありますけど、今回の展示室6 の茶の湯関連の展示品はどれも逸品が多かったし、福島静子氏が寄贈された蒔絵の品々のコレクションも良かったな。。


コレクション展
絵の音を聴く
雨と風、鳥のさえずり、人の声
2015年7月30日(木)〜9月6日(日)
根津美術館



2015年7月29日水曜日

なかなか、子供の線を再現するのって難しいと思うのよねぇーー @原美術館 /サイ・トゥオンブリー紙の作品、50年の軌跡

 原美術館では、20 世紀を代表する巨匠サイ トゥオンブリーの個展を日本の美術館として初めて開催し ます。この展覧会は、2011 年に死去した作家が生前自ら作品の選定に関わり、サンクトペテルブルク のエルミタージュ美術館、欧米の主要な美術館で開催され評判を呼んだ個展を、当館の空間に合わせ て再構成したものです。トゥオンブリーの即興性、速度、激情、直感が、いきいきと横溢する紙の作品 (ドローイング、モノタイプ)約 70 点が一堂に会し、その 50 年にわたる孤高の画業を紹介する画期的な 機会となります。なお、別館ハラ ミュージアム アーク(群馬県渋川市)でも出品作品の一部を展示い たします。

本展は、サイ トゥオンブリーの類まれなキャリアを、紙の作品(ドローイング、モノタイプ)によって回 顧するもので、1953 年から 2002 年までの 50 年間に制作した紙の作品約 70 点を紹介いたします。本展 は、2003 年にサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館で開催された展覧会が原型です。これ は、同館初の外国人キュレーターであるジュリー シルヴェスター(現・サイ トゥオンブリー財団)が企画 し、トゥオンブリー自身が作品の選定に関わったものです。トゥオンブリーは残念ながら 2011 年に亡くな りますが、サイ トゥオンブリー財団の全面的協力により、このたび原美術館で開催することとなりました。 日本ではいくつかの美術館がトゥオンブリー作品を収蔵しており、美術館のグループ展には何度か 取り上げられてきましたが、残念ながら美術館規模の個展は日本でまだ行われたことがありません。 その意味でも、本展の意義は画期的と言えます。 なお、出品作品の一部は、原美術館の別館ハラ ミュージアム アーク(群馬県渋川市)の特別展示室 「觀海庵」において展示いたします。床の間と違い棚を備えた書院造を引用した和風の展示空間(設計 磯崎新)の中で、通常「觀海庵」で展示する古美術作品(原六郎コレクション)と、トゥオンブリー作品を対 置する形で展示いたします。「手で描く/書く」という表現行為に全精力を傾けるトゥオンブリーの作品が、 また違った印象を生み出すかもしれません。東西の文化圏や近世と現代という時代の違いを超えた美 の対話をご鑑賞いただけることでしょう。 

【サイ トゥオンブリーとは】 サイ トゥオンブリー(Cy Twombly, 1928-2011)は 20 世紀を代表するアーティストの一人です。絵画と彫 刻の両方で旺盛な制作活動を展開しましたが、とりわけ、《描画された詩》とでも形容すべき独特の絵画 作品は他の追随を許しません。アメリカ出身ですが 20 代の終わりにイタリアへ移住し、少しずつ大西洋 の両側で孤高のアーティストとして評価を高めて行きました。その世界的な評価は、高松宮殿下記念世 界文化賞(1996 年)、ヴェニス ビエンナーレ金獅子賞(2001 年)、レジオンドヌール シュヴァリエ勲章 (2010 年)などからもうかがえます。
美術館プレスリリースより


若い美術家のお友達から勧められたんです。日本ではすごく人気だったんですね。全く知らず。ごめんなさい。
でも、展示の作品みて、あ、見たことある・・・・って思う作品が。
ドリップペインティングのような作品とか、文字を中心にした作品、葉っぱのようなパターンとか・・・

たぶん、MOMAとかWhitneyで見たんでしょうかねぇ。。
とにかく、どんな風な作風と生き方だったのか、何年頃に活躍したのか、全く知らず、先月の芸術新潮に載っていたけど、敢えて予断を持たぬ様、白紙の状態で行きました。
暑い真夏の水曜の夜。

外は蒸し暑いけどキンキンに冷えた美術館の第一室にあった作品は部屋の暖炉?のような部分の模様と呼応し合うように感じたけど、untitledだからどれって言えないよね。

残念ながら、原美術館の天井はすごく高くはないし、部屋も小間切れになっていることもあり、第一室も圧迫感が少しあるのだけど、この部屋は、そういった感じ(呼応感)があって、展示が生きているという印象。

作品は、1950年代の方が好きかなぁー。
だって、子供が最初に描くような絵なんだもん。
いや、子供のように描けるって実は難しいと思うのよね、大人が描くと、どうしても見えるモノに対して「正確に」?捉えてしまう癖が抜けなくて、ヘタウマみたいになっちゃう。コドモらしい、意外な線というのが描けないのが普通、でも、この人の子供みたいな絵は本当に子供の線を再現している。

ただ、その後のどの作品もじっくり見ているとじわじわ訴えてくるものがある。。。フシギな感覚。

図録の最初の方のページにエルミタージュでの展示風景が載っていたけど、これがエルミタージュだったら、どう見えたのかと、頭の中で置き換え作業をするのは楽しかった。

8月29日には、東京で鑑賞した後に、貸切バスでアークに行って、トォンブリー×東洋の線と空間の鑑賞をするお得なツアーがあるけど、いけないのが残念だわー。




CY TWOMBLY-Fifty Years of Workd on Paper
サイ トォンブリー:紙の作品、50年の軌跡
2015年5月23日(土)~8月30日(日)
原美術館










2015年5月29日金曜日

【FB投稿 #美術館に行ったシリーズ】 運命の赤い糸?


あれ?投稿した筈がー。消えたのでもう一度!
信澤 宏至さんの投稿に煽られて、ダッシュで見に来ましたー。運命の赤い糸か、どうかは分からないけどなかなか面白く不思議な展示。建物の周りのスレッドとも共鳴しあう糸たちが壮観! 西洋版文楽のような映像展示は不思議だったー
#美術館に行った ギャラリーだけど

2015年5月6日水曜日

やっぱり抱一と守一が好き♪ーーーー琳派400年記念 京都 細美美術館 琳派のきらめきー宗達・光琳・抱一・雪佳ー @日本橋髙島屋

江戸時代に華やかに展開した琳派。王朝文化の復興をめざした裕福な町衆らによって創始され、時を経て隆盛し、大坂にも広がりをみせます。その後、花の都・江戸において装いを新たにし、さらに近代の京都で再興されました。400年の歴史を持つ琳派は、日常の中で追及された日本独自の美、そして日本人に寄り添った美として高い人気を博しています。
本展では、琳派を幅広く蒐集し、国内外から高く評価されている「細美コレクション」を通して、京都・大坂・江戸と3つの都で咲き誇った系譜を総覧。それぞれの特徴や魅力を、美術館開館以来はじめての規模で展覧いたします。また、今回出品される屏風や掛け軸などは細美家で実際に飾られたものもカス多く、個人コレクションならではの視点と美意識が光る琳派を紹介いたします。
日本が誇る美の世界「琳派」の優品の数々を、細美コレクションでどうぞお愉しみください。
展覧会ちらしより

今年は琳派400年ということであちらこちら、特に京都で、琳派関連の展覧会が多く開催され、観るほうも忙しい、忙しい。
つい先日(といっても、もう1月の事でしたな)、三越で岡田美術館の所蔵する「琳派名品展」があり、デパートで開催する展覧会とはいえ、もとの所蔵する美術館次第では十分に良い作品を見られるということを覚えた私、今回は混雑する前の午前中に出かけてきたわけです。
細美美術館の琳派作品は有名ですからね。(デモナカナカ機会ガナクテ行ケテナイ)

展覧会構成は以下の通り
第一章  琳派誕生ー光悦・宗達の美ー
第二章  花咲く琳派ー光琳・乾山と上方の絵師ー
第三章  新たなる展開ー抱一と江戸琳派ー
第四章  京琳派ルネサンスー神坂雪佳ー

第一章 琳派誕生ー光悦・宗達の美ー
琳派の誕生はいわば総合プロデューサー光悦が家康から鷹峰の土地を与えられて今でいうところのアーティスト村を作ったことから・・・とか言われていますが、どこが起点かという事はともかくとして、扇や料紙を扱ってた宗達と光悦が間違いなく時代を切り開いてますよねー。
だって↑の扇面《月梅下絵和歌書扇面》の画面を対角線に金泥、銀泥の二分割に分けるとか、そんなこと今は普通に見てるけど、この時代すごく斬新ですよね。
対角線という意味では、同じく宗達が描いている《伊勢物語図色紙「大淀」》も口説く男を女が拒絶する場面をうまく対角線の左上と右下に男女を配しその間に海山雲松で区切る。。二人の心の距離を巧く表現しています。
今根津でやっている光琳の《燕子花図屏風》ではパターンのように同じ型紙を使っているということが有名ですけど、実は光悦・宗達の作品にもパターンはみられますよね。《忍草下絵和歌巻断簡》の上部は金泥と銀泥の藤が描かれているけど、これって絶対型紙のようなものを使っていますよね。同じように光悦の《和歌短冊》の和歌の背景の草もパターンだし。ついでに隣にあった《前田宗悦宛書状》を貼った掛け軸の中廻し部分の右側の草の葉と全く同じ柄、思わずこれも光悦が描いた(描かせた?)のかな・・・と思ったりもし。。。

光悦の養子の嫡男だったという本阿弥光甫の《梅に鶯図》 抑えぎみなふくよかな線がよかったわー。。

第二章  花咲く琳派ー光琳・乾山と上方の絵師ー
冒頭登場の光琳の《宇治橋図団扇》
いかにもという絵柄と大胆な線ですねぇ
それに日して乾山の《唐子図筆筒》はらしくない・・・と思ったら、中国の赤絵写しだった、
今回は光琳・乾山の作品は少な目で、むしろ工房のお弟子さんたちや私淑した芳中の作品が多く並んでいるのがこの章の特徴。気にいったのは渡辺始興の《簾に秋月図》 簾のむこうに桔梗、ススキ,藤袴を配し、外隈の大きな月に照らされた一種エロい感じの絵なんですえ。あとね
《白象図屏風》、二曲一双の画面を斜めに白象を配したところが、なんかいいなーって。今サントリーでやっている若冲の象はなんとなくコミカルだけど、この人のは絶対観て描いたよね、と思う精緻さ。

芳中は六曲一双の《白梅小禽図屏風》が金箔地の上に大胆な筆で描かれていて細美の持つ代表作なんでしょうが、なんか、琳派っていってもずいぶんと光琳とは違った力強さみたいなものを感じて、個人的にはこれよりも抑えめの朝顔図だとかの方が気に入りました。

さて第三章は私の大好きな抱一の名前が冠されてます。いや、昔っから抱一のその育ちのよい品の良い作品群が好きで、弟子の其一さんは玉石混交でどうよっていう感じ、其一さんの息子の守一さんは好きだなぁという作品が多いんです。
今回もそれをまざまざと感じることになりました。
たまさか、細美家の現在の当主のお父様が琳派に傾倒・蒐集することになったのが抱一の美しい団扇《鹿楓図団扇》だそうで、そんなことからなのか、抱一作品は品の良いものばかり。とりわけ以前トーハクでの「大琳派展」でも拝見したと思う《桜に小禽図》と名付けられた(大琳派展では《桜に瑠璃地鳥》
であったみたいなので似た別ものかしら?)軸一幅とそのとなりの《雪中檜小禽図》が対をなすように並んでいたのだけど、ご当主も語っておられましたが、育ちの良さがにじみ出たような気品のある作品。桜のS字カーブも自然に一番美しい姿に描かれていて、やっぱり好きだーと改めて思ったりし。
ところで蒐集のきっかけとなったという団扇の鹿の姿はどことなく光悦・宗達の作品で宗達が描いた鹿に似ているんですよねー。いや鹿の振り向く角度とかを考えると全然違うんだけど、印象が似ている。






玉石混交と書いたけど、こちらがお持ちの其一作品は、比較的抑えめでまぁまぁ好みのものが多うございましたが、やはり息子の守一の作品の方が記憶に残りました。《楓桜紅葉図》は中廻しの上下に桜の木を配し、地面には桜の花びらが散り、タンポポが咲いている様、上は桜満開、左右には燕子花やらそのほかの季節の花を配しているんですね、オサレ。。。しかも表装の中廻しの絵も手描き。
同じように手描きの表装(描表装)の《桜下花雛図》《業平東下り図》などうっとりするくらい素敵。

あと、名前はないのだけど《四季草花虫図屏風》(六曲一双)がよかったなー。右隻は金箔地に春夏を、左隻は銀地に秋冬の草花と虫を描いた屏風で、左隻は季節こそ違いけれ、これまたトーハクの「大琳派展」でみた光琳の風神雷神図屏風の裏側に描かれていたという抱一の《夏秋草図屏風》を彷彿とさせるタッチのような気がしたんですよねー。

最後の章は神坂雪佳。

岡田美術館の時は加山又造に至るまでの流れだったけど、こちらは神坂雪佳まで。でも雪佳は充実。なんといっても、中廻りに葦簀まで描いてしまった《金魚玉図》の秀逸さには脱帽でした。

比較的開催が短い期間なのでお早めに。

琳派400年記念
京都・細美美術館
琳派のきらめき
ー宗達・光琳・抱一・雪佳ー
2015年4月29日(水)~5月11日(月)
日本橋髙島屋8階ホール





2015年3月21日土曜日

金儲けは悪いことではないと思うの。文化を育てるのに使ってくれるなら・・・ボッティチェリとルネッサンス@Bunkamura ザ・ミュージアム

ずいぶん前に青い日記帳のTAKさんのつぶやきで、なんでも前売り券にチケットホルダー付きの種類があるという事を見た私は、それをゲットするためにローチケで前売りを買っておいたんですね、いつもBunkamuraは現地で買う以外はネットで予約してファミマのちょっとめんどい前売り券売機にアクセスしなきゃならなかったので、気楽に買えたのがGJでしたんで。。
今回は初日の夕方突撃しました。人の入りはそこそこ。入場したらまずはチケットホルダー交換券をギフトショップで渡して、ニッコリ

 
それはさておき、今回もHPの解説と見どころを復習しながら感想を。(図版はHPより)
15世紀、花の都フィレンツェでは、銀行家でもあったメディチ家の支援を受け、芸術家たちが数々の傑作を生み出しました。ルネサンス期の芸術の誕生には、地中海貿易と金融業によって財を成したフィレンツェおよびメディチ家の資金力が不可欠でした。メディチ家の寵愛を受けたボッティチェリ(1445-1510)に代表されるフィレンツェ・ルネサンスは、フィレンツェ金融業の繁栄が生み出した代表的な文化遺産といえましょう。
 本展では、ヨーロッパ全土の貿易とビジネスを支配し、ルネサンスの原動力となった銀行・金融業と、近代のメセナ活動の誕生を、ボッティチェリの名品の数々を中心に、ルネサンス期を代表する芸術家たちによる絵画・彫刻・版画や、時代背景を物語る書籍・資料など約80点によって、浮き彫りにします。
【美術館HPより】

序章 富の源泉:フィオリーノ金貨


≪フィオリーノ金貨≫ 1252-1303年 金、直径2cm、グラッシーナ(フィレンツェ)、アルベルト・ブルスキ・コレクション、Grassina(Florence), Collezione Alberto Bruschi

表にフィレンツェの百合の紋章、裏に守護聖人洗礼者聖ヨハネを刻印したフィオリーノ金貨は1252年に初めて鋳造され、中世から初期ルネサンス時代にかけて国際通貨となります。町の名にちなんで名づけられたこの金貨がフィレンツェをヨーロッパ経済の中心へと押し上げ、ひいてはルネサンスの繁栄を生み出したのです


いや、こうやって公式HPの写真なんかを拝見しますとかなり精巧にできているということがわかるんですが、何せ13世紀とか14世紀、鋳造技術といっても今ほど精巧ではない頃の加工しやすいとはいえ24金のこういった美しいコインを東京で見られる訳ですから、ありがたや。なんでも、ちゃんとした出来かどうかを歯で噛んで確認したとか。
なるほど、少しひしゃげているのは、そのせい?かしらん。
それは兎も角、何故このプロローグが登場するかといえば、ヴァチカンがさほど遠くないフィレンツェでは、キリスト教の教義に反する・・とまでは行かないまでも、眉を顰められるような銀行業等の金融業が発達し、この金貨が国際通貨となる事でメディチ家のように絵画・芸術を庇護してくれる銀行家がより富を得るのであるという証左である事を後の章でしみじみと感じさせられる訳なんですよね。

 

ところで、ボッティチェリ。本当の名前(アレッサンドロ・フィリペーピ)ではなく、お兄さんにつけられた「小さな樽」という綽名から由来したとか、ずんぐりした人だったんでしょうが、なぜ兄のあだ名が弟に?1445年に皮なめし職人の息子としてフィレンツェに生まれ、1464~67年までフィリポ・リッピの工房で修行、ヴェロキオの工房に出入り後1472年に公的(商業裁判所)仕事を手がけ、1472年には画家組合に親方として加わったそうです。確か、ラファエロだったかしらね、同じように二十代の若さで親方というステータスになったのは。同じように早くから頭角を現していたということですね。
その後のメディチ家の庇護のもとの活躍や、メディチ家没落後の修道士サヴォナローラの禁欲的考えへの傾倒による神秘主義的な傾向とその失脚に伴って注文もなくなり、ひっそりと亡くなった人生については、昨年秋の「ウフィツィ美術館展」@東京都美術館 でもずいぶんと学んだ気が。
それはともかく、金貨に続いて、第一章が始まります。

第1章 ボッティチェリの時代のフィレンツェ
ボッティチェリの《ケルビムを伴う聖母子》の額縁に貨幣の鋳造や銀行業、商人の活動を監督した両替商組合の象徴である金貨があしらわれているように、彼の時代のフィレンツェでは芸術と金融、商業活動は密に関わっていました。ここでは絵画だけでなく、当時の経済活動をうかがわせる資料や商人の仕事道具を紹介します。
サンドロ・ボッティチェリ《ケルビムを伴う聖母子) 
1470年頃、テンペラ・板、120×66cm
フィレンツェ、ウフィツィ美術館
© Gabinetto Fotografico della S.S.P.S.A.E e per il Polo Museale della città di Firenze
 
ケルビムとは位の高い天使のこと。額縁に貨幣の鋳造や銀行業、商人の活動を監督した両替商組合の象徴である金貨があしらわれています。
 
 
さて、この章には早速、プロローグのあった意味を思い起こさせられます。

そう、ボッティチェリ《ケルビムを伴う聖母子》の額縁部分に奥行を持たせる層があって、その赤地の層には柄こそ描いてないですが、金色のコイン状の○が三列装飾として並べられているんですね。これが両替商組合の発注ではないかと思われている理由だそうですが、単なる柄。。。とも見えなくはないですけどね。。。きっと決定的な何か(注文書とか、管理番号とかの記録?)があるのではないかと思われます。
。。にしてもキリストの胸のあたりの花のようなヴェール状の羽織ものは繊細で美しいのに、何故顔は大人顔で怖いんだろう。。ま、他の人のも含めてたいていはそうですけどね。


マリヌス・ファン・レイメルスヴァーレに基づく模写 《高利貸し》
1540年頃、油彩・板、100×76cm
フィレンツェ、スティッベルト博物館
© Archivio fotografico Museo Stibbert, Firenze

15世紀のキリスト教世界では、富を循環させる銀行業は金利で儲ける高利貸しと明確に区別され、近代金融業の礎となりました。フランドルでは、この図像が人気を博し、多くのバりエーションが制作されました。
 
 
 
 
多くのバリエーション。。えぇえぇ、確かにこの手の構図の《両替商とその妻》の絵が国立新美術館でやっている『ルーブル美術館展―日常を描く―風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄』にもありましたよねぇ。皆、いかにもカネカネカネ・・という表情でアクドイ感じに描かれるという気の毒なパターンは、職業の貴賤(銀行業は経済を循環させるから良いが、高利貸しは金利をとりたてるから悪)に関してのキリスト教的道徳観(金利を取るのは悪)を広める役割を果たしていたのでしょうが、それにしても、悪どそうな顔!

でも、お金を持っている彼らにしてみれば、その富を象徴する毛皮のガウンを着て、宝飾品を身に着けていたわけですから、世間の風評なんのそのだったのかもしれませんがね。
ちょっと面白かったのは商業活動とメディチ家の紋章というタイトルではあるものの、算術と幾何の問題集があって 1000引く650は350、更にそこから100を引くと250なんていう縦書きの計算式が描いてある本があったことかな
 
次に、第二章の華とも言える、フランチェスコ・ボッティチーニの旅するトビウスと大天使ラファエルの絵が続きます。

 


 


 
 

第2章 旅と交易:拡大する世界

ヨーロッパ各地にフィレンツェの銀行の支店が開設され、旅行者や商人は現金に代わり信用状を携行して長旅に出られるようになります。交易は活発化し、フィレンツェにはヨーロッパだけでなく遠く中東からの商品も行き交いました。ここでは、航海図や、旅の道具、商品を輸送する船旅の様子を伝える絵画などを紹介します。

フランチェスコ・ボッティチーニ 《大天使ラファエルとトビアス》
1485年頃、テンペラ・板、156×89cm
フィレンツェ文化財特別監督局 

©Gabinetto Fotografico della S.S.P.S.A.E e per il Polo Museale della città di Firenze
病に伏せる父親が、貸したお金の回収のため息子トビアスを旅に出します。その無事を祈る両親の願いを聞き入れ、大天使ラファエルが旅に同行したという旧約聖書外典『トビト記』の物語。交易の拡大で、旅に出る機会が多くなったこの時代に好まれて描かれました。
トビアスは籠に入った魚を持っていますが、これは旅の途中でラファエルの導きによって夕暮れのティグリス河で大きな魚を獲り、その胆嚢で父の病を治すシンボルですね。その他にも牧羊犬とか石ころがごろごろ転がる山の道が描かれていて、この時代十代前半で危険を伴う長旅に出る少年達の艱難を想って注文されたと思うとこの時代の商家の家族のあり方を想像してしまいますよね。
 
今回の目玉のフレスコ画のとは異なる油彩の《受胎告知》が隣に掛かっていたのですが、その背景にも何気にトビアスと大天使ラファエロが遠くの道からこちら側に向かってくるとの構図で描かれていました。今まで気にしなかったけど、この時代の絵画を見るときに背景にこのモチーフが描かれていたら、注文主が旅立たせた息子の安否を気遣って描かせたのかな?と想像できるということですね。鑑賞する楽しみが増えましたね。
ところで、こちらの《受胎告知》、19世紀のラファエル前派の初期パトロンのウィリアム・グラハムから、エドワード・バーン・ジョーンズに贈呈されたという解説が入ってました。今は個人蔵となっているわけですが、バーン・ジョーンズの子孫なのかなぁ。。まぁ、ちょっとマリア様の表情はお疲れ気味のような絵ですが、いずれにしてもバーン・ジョーンズが同じ絵を眺めていたこともあるのねー、と思うと不思議な感覚になりますよね。

第3章 富めるフィレンツェ

13世紀以降、ヨーロッパではたびたび奢侈しゃし禁止令という贅沢を戒める条例が発せられます。
衣類や宝飾品のみならず、饗宴や婚礼、葬儀での節制を求める条例でした。金融、商業で富めるフィレンツェでも例外ではありませんでした。この章では、禁止の対象となった壮麗な婚礼や葬儀の様子を表した作品を展示します。
フラ・アンジェリコ 《聖母マリアの結婚》
1432-1435年、テンペラ・板、19×51.5cm、フィレンツェ、サン・マルコ博物館
©Gabinetto Fotografico della S.S.P.S.A.E e per il Polo Museale della città di Firenze
フラ・アンジェリコの代表作《聖母戴冠》(ウフィツィ美術館)のプレデッラ(祭壇画下部の小壁板絵)のひとつ。

この章は水浴を覗き見した長老たちに脅されて死罪になりかかるスザンナのお話を絵にした《スザンナの物語》等結婚祝いに使われたと思しき壁掛け鏡とかの展示。   
出産盆はこの時代の出産が大変な労苦であり、その苦労を乗り越えた産後の女性に対する周りの思いやりが感じられますねえ。

第4章 フィレンツェにおける愛と結婚

フィレンツェの商人や銀行家の寝室は、結婚生活・出産・死が展開されるプライベートな空間でした。寝室の調度のうちカッソーネ(長持)と呼ばれる婚礼家具や宗教画、出産盆(出産祝いを載せる盆)には、夫婦の社会的役割を示す図像が選ばれ、フィレンツェ・ルネサンスの社会が依って立つ価値観や美徳を伝えてくれます。
スケッジャ《スザンナの物語》
1450年頃、テンペラ・板、41×127.5cm、フィレンツェ、ダヴァンツァーティ宮殿博物館
©Gabinetto Fotografico della S.S.P.S.A.E e per il Polo Museale della città di Firenze
旧約聖書外典で語られる敬虔で貞淑な妻スザンナの物語が、美徳を代表するものとして婚礼家具に描かれました。背景には当時の邸宅の様子が描かれています

 

第5章 銀行家と芸術家

ルネサンス期のフィレンツェの名作の数々はメディチ家をはじめとする銀行家一族の注文によって制作されました。メディチ家から絶大な信頼を得ていたボッティチェリは、彼らの要望を満たす作品を生み出す理想的な画家でした。この章では、銀行家による注文作品とともに彼らの豪華な生活を偲ばせる品々を紹介します。

ウフィッツィから来た《開廊の聖母》は優美な作品。この写真では額の頭頂部(チマーザ)に鳩が描かれているなんてわからないけど、正面から羽根を広げて、この絵を包んでいる感じでありまして、美しいとの印象でした。
ワシントン・ナショナルギャラリーの《聖母子と二人の天使は》 ボッティチェリ帰属とあるので、真贋はわからないわけですが、その聖母の赤い宝飾品で留めたマントのような衣がその気品の高さと相まって美しい作品です。天使も赤っぽいガウン着ちゃって黒っぽい羽根なのが気になりましたが。


さて目玉の《受胎告知》のフレスコ。 大天使ガブリエルが空から飛んできたように左空中に浮遊して、マリアが右でははーっといわんばかりにひれ伏そうとしている。同じ横に長く展開しているダヴィンチのもう既に貫禄があるマリアに向かい片膝落として告知するガブリエルという構図の《受胎告知》に比べて、ガブリエル――神の使い、マリア――聖母になる前の人間といった印象が強いのは、天使と聖母の距離が結構離れているからそういう印象になるのかなぁ。。でもこの構図、個人的には好きだなぁ。
HPの担当学芸員さんの解説を読むと、やっぱり、ガブリエルに主役の座を敢えて渡しているようですね。。ふんふん。意図通りの印象を持ってしまったわけで、ボッティチェリにやられたわけですね。



 サンドロ・ボッティチェリ《受胎告知》
1481年、フレスコ、243×555cm フィレンツェ、ウフィツィ美術館
©Gabinetto Fotografico della S.S.P.S.A.E e per il Polo Museale della città di Firenze


サンドロ・ボッティチェリ 《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》
1477-1480年頃、テンペラ・板、直径96.5cm
ピアチェンツァ市立博物館
©Musei civici di Palazzo Farnese - foto Carlo Pagani

*3月21日―5月6日の期間限定出品
その脇に、今回期間限定で公開のテンペラ画《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》の丸い板がかかっています。
確かキリストは厩の飼葉桶に寝かされたと聖書の記述とは違い、身体を包んだ布の下には括った柴のように堅そうに積んだ薔薇の上に寝かされています。バラ⇒棘のインスピレーションで、これから起きる苦難の道―茨の道というボッティチェリのアレンジでしょうかねぇ。この絵は 背景にも薔薇というより椿にも見えてしまう生垣が描かれ外界との遮断をしているようでまるで窓のある回廊のように薔薇の生垣を置いている構図はインパクトがありますね。美しい絵画でした。


絵画作品ではないけど、途中のケースに《三声と四声のための歌曲集》がありましたが、とても美しい本です。


この章の最後に、ウフィツィにある名作《ヴィーナスの誕生》の貝の上に立っているヴィーナスの下絵のようなのがありました。黒地の背景にヴィーナスだけなので、ホンモノよりも裸体が強調されたような印象になります。解説には《ヴィーナスの誕生》は(後にボッティチェリが傾倒することになる「正統な信仰」を説く修道士サヴォナローラから見れば享楽的な社会を体現するようなとんでもない絵となるわけですが、そのような悦楽的な絵画や文化を庇護してきたロレンツォ・メディチのような金持ちがいてこその華やかな文化の発展でもあったわけで、もし「正統な信仰」だけの世界なら、今でも西洋文化は受胎告知と聖母子だらけに囲まれていた事になり、それはツマラナイナ。。。ま、そんなことなくてよかった訳です。この展覧会の副題が「フィレンツェの富と美―Money and Beauty」となっている事を改めて思い出させてもらえる作品でした。
 

第6章 メディチ家の凋落とボッティチェリの変容


修道女プラウティッラ・ネッリ(帰属) 《聖人としてのジロラモ・サヴォナローラ》
1550年頃、油彩・キャンヴァス、61×45.7cm、個人蔵
メディチ銀行の衰退とともにフィレンツェは危機の時代を迎えます。この頃、台頭した修道士サヴォナローラが行った「虚栄の焼却」では贅沢品や宗教上好ましくない芸術作品が燃やされます。ボッティチェリの晩年の作品はそうした時代の空気を反映しています


そのメディチ家が没落し、「虚栄の焼却」を目指したサヴォナローラもいずれ処刑されてしまうという歴史を見れば、一度林檎をかじってしまったアダムとイブの子孫が「正統な信仰」を保ち続けることができず、美しいものを求め続ける事はそれが堕落であったとしても運命なんだなぁーと思わざるを得ない事をこの章で学ぶわけですねー。いや、しかし、このサヴォナローラはきっと本人に似てるんだろうけど、この鷲鼻の横顔からは、一切の奢侈は認めないぞ!的な強い意志と、融通なんて言う言葉は彼の辞書になさそうだなぁと思わされるのはなんでなんでしょうかねー。。
 
 
ボッティチェリとルネッサンス
フィレンツェの富と美
 
Bunkamuraザ・ミュージアム
2015/3/21(土・祝)-6/28(日) 
*4/13(月)、4/20(月)のみ休館